海と笑顔

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 翌日の月曜、佐竹さんが開成にアポを取って二人でミツマホテルに向かった。車内での話し方はどちらもいつも通りで、でも仕事の話は一切なくて。俺のこれまでのソロ旅の話をしたり、佐竹さんのお酒の失敗談とかを聞いていたらホテルに着いた。 「このたびはお時間をいただきありがとうございます」  支配人室で開成と向かい合い、隣の佐竹さんがゆっくり口を開いて会社の状況を説明した。開成は静かな瞳で話を聞いている。このまま会社を続けること自体難しいかもしれないと佐竹さんが話すと、開成は一瞬だけ俺に視線を向けた。社内の事情で迷惑をかけることを謝罪する佐竹さんと一緒に頭を下げる。  佐竹さんは開成に、俺がびっくりしてしまうほど詳細に状況を説明した。そんなに話して大丈夫なのかな、と思ったけど、これが佐竹さんなりの誠実なのかもしれない。 「――わかりました」  佐竹さんの話が終わり、開成がまっすぐ俺を見る。 「忍」 「は、はい……」 「あの日、すごくショックで自棄になってあんなことをしてしまって……それを許して欲しいとは言わないけど、ここで俺が忍を助けたら、忍は俺にほんの僅かでも惹かれてくれる?」 「……え?」 「本当に少しでいいから、俺に恋愛感情を持ってくれる?」 「……」  ……俺、開成に自分の気持ち、一言も言ったことなかった。鈍器で頭を殴られたようなショックにくらりとする。  開成は俺だけを見て言葉を続ける。 「ずるいよね……わかってる。でも、俺はそれくらい忍が好き」 「……さ、たけさんが、いるのに……」 「佐竹さんがいるから話してる。俺の言ったことも忍の答えも、全部第三者に聞いていてもらいたいから」 「……っ」  言葉に詰まって隣の佐竹さんを見ると、とても落ち着いた視線で俺を見ていた。  俺は再び開成を見る。 「忍のことがすごく好き。ごめんね、好きになって」 「ごめんって……」 「だって、忍にとって俺はそういう対象じゃないのに、好きになっちゃったんだから……やっぱり『ごめん』だよ」  苦しそうな笑顔。「好き」の後に「ごめん」なんて言いたくないだろう。……俺だって嫌だ。 「……なんでそういう勘違いで突っ走るの?」 「忍……?」  どう言ったらいいかわからないけど、言葉が止まらないから思いついたままに口にしてしまう。 「俺がいつ、開成を恋愛対象として見てないって言った? セフレだなんて一言も言ってない」 「でも」 「でもじゃない。あの日から開成がずっと怒ってるから……俺、どうしていいかわからなくて……!」  ずっと苦しくて、つらかった。作り物の笑顔なんて見たくない。 「待って。怒ってるのは忍でしょ?」 「俺は怒ってない」 「俺だって怒ってないよ」  ん? 「……」 「……」  あれ……どういうこと? 開成は怒ってるんじゃないの? 「……俺、あんなことしたのに……忍は怒ってないの?」 「怒ってない」  あのときの行為に怒りなんて微塵もない。 「開成が怒ってるのがつらかっただけ」 「……」 「俺も……開成が好き。だからもう苦しそうにしないで」  開成が固まって、それからちょいちょいと手招きするので立ち上がって開成のほうに近づくと、膝の上に座らされて抱き寄せられた。 「ありがとう、忍……」 「うん」 「キスしていい?」 「だめです」  俺じゃない声が止めた。 「それ以上は私が恥ずかしい」  ……忘れてた。 「三津真さんと大知くんについては解決ということで」 「……失礼致しました」  開成の言葉を俯きながら聞く。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。 「残りのスタッフの方々ですが、職を失ってしまうのであれば弊社ホテルで直接契約しますが、いかがでしょう」  開成の声音が変わった。 「もちろん、ご本人達がよければ、ですが」 「ですが、手続きなど大変ですし、ミツマさんのご迷惑になりませんか?」 「問題ないです。忍もそれだと安心できる?」 「できるけど……開成、一人で決めていいの?」 「吉村さんは怒るかもね、相談がなかったって。オーナーは俺の好きにって言うと思う。俺は忍が安心できる状態にしたい」  副支配人が怒るなら、それはまずいんじゃないのか。でも開成の瞳は揺らがない。 「それに、怒られても反対されても、納得させればいいんでしょ」 「……」 「大丈夫」  思わず言葉を失う。開成ってこんな感じだった……? 「いらない」とか「期待してない」とか、「目障り」や「ほんとにできるのか」っていう、そういう言葉を想像して自分を諦めてなかったっけ。気づかないうちにすごく恰好よくなってる……ずるい。  それから佐竹さんと開成が細かいことを話して、佐竹さんと俺は支配人室を出る。車に乗って一つ息をついてから気がつく。  スタッフのみんなはなんとかなりそうだけど、俺は? 「……」 「なに見てるの?」 「転職サイトです」  スマホを出して転職サイトを開く。まあ、俺がなんとかなってスタッフがどうにもならないより後味が悪くなくていいか。 「……? 三津真さんのお世話になるんじゃないの?」 「え?」 「面倒見てあげるよって感じだったけど」 「そんなこと、一言も言われてないです」 「言ってないけど、ニュアンスで感じ取れない?」 「……俺は、はっきり言われないとわかりません」  こういうところがだめなのかな。でもやっぱりはっきり言ってもらわないとわからない。  サイトを見ていたらメッセージが届いてバナー通知が表示される。開成から。 『今夜、二十時に自宅まで迎えに行きます』
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