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とりあえずバスの一日フリー切符を購入。名所を巡る周遊バスだからなにも考えなくてもいい。気になったところで降りよう。スマホでダウンロードしたマップを見て、まずは恋人の聖地とされる、恋のパワースポットと書いてあるテラスに行くことにする。一人だけど。なんとなく調べてみたら一人でもいいらしいけど、俺は石碑に手を置くつもりはない。
バスを降りると風が気持ちいい。少し歩いて公園内のテラスへ。時間を気にせずゆったり歩けるって幸せだ。景色が綺麗で、面倒なことを忘れられる。
ぼんやり歩いて海を見て、なにも考えない。このまま一日いられそうなくらいにほっとする。夜にはライトアップするみたいだから夜も来てみたい。カップルばかりかな……それでもいい。
ベンチに座ってぼーっと海を眺める。周囲は騒がしいわけじゃないけれど静かでもない。それなのに人の話し声とかそういうものが耳に届かない。力が抜けてきて、もうここにずっといようと思ってしまう。けど。せっかくだ、他の場所にも行ってみたいから立ち上がる。
どのくらいいたかな、と時計を見ようとしてやめる。仕事じゃないんだから時間なんてどうでもいい。
またバスに乗ろうとしてやめる。すぐそばに遊覧船乗り場があるからそこに向かいチケットを買って、出航まで少し時間があるのでデッキでまた海を見る。
やっぱりソロ旅好きだ。
最初は一人ってどうなのかなと思ったけど、一回やってみたらはまった。人に合わせなくていい、行きたいところに行ける。誰かと一緒に旅行に行くのも、それはそれで楽しい。でも一人のほうが明らかに気が楽だ。仕事で人の動きを考えてばかりだからかもしれない。そういうことから解放されて、ただ楽しめる。
遊覧船に乗り、魚が目の前を泳いでいるのを海中展望室から見ていたら、なんだか眠くなってきた。小さくあくびをしてまたぼうっとする。魚が右に行ったり左に行ったりするのを少しの時間見てから展望室を出る。
カモメに餌づけをしている人達や、小型犬を連れて乗船している人達もいて、挨拶をして「触ってもいいですか?」と聞いてみたら撫でさせてくれた。これでもかという勢いで尻尾をぶんぶん振っていてすごくかわいい。少し話をしてからその人達と別れた。海の向こうが見てみたいなと思いながら一人で風に当たっていたら、あっという間に遊覧が終わってしまった。
船を降りて、バスを待ちながら海を見ていたら隣に人が並んだ。なんとなくその人のほうを見ると長身の男性で、海をまっすぐ見ている。
ブルーグレーのジャケットに白シャツ黒スキニー、黒髪を無造作にセットした二十代前半くらいの若い男性……俺が同じ恰好をしても絶対こうならないとはっきりわかる。横顔が綺麗でつい見入ってしまったら、濃いグレーの瞳がこちらを見た。
「……?」
不思議そうな目で俺を見ている。そりゃそうだ、すごくじっと見てしまっていた。横顔も綺麗だけど正面から見たらめちゃくちゃ恰好いい。モデルとか、人の目に触れる仕事をしていそう。横顔だと若く見えたけど、ちゃんと見ると二十五の俺よりも上っぽい……いや、上だ。
「初めまして、だよね?」
「……はい、そうです」
怪訝そうに俺を見る男性は、耳に残るいい声をしている。すごいな……いいところばかりじゃないか。
「地元の人?」
「いえ、旅行で来てます」
「俺も」
この人もソロ旅かな、一人だ。男性がゆっくり視線を海に戻すので俺も海を見る。
「風が気持ちいいよね」
「はい」
「海好き?」
「特に好きというわけでもないんですけど、見ていて落ち着きます」
「気が合うね」
もう一度男性を見ると、男性も俺を見ていた。目が合って微笑まれてしまい、少しどきりとする。
「バス来た」
「あ……」
遠くに周遊バスが見える。この人はどこに行くんだろう……そんなことを思いながら二人でバスに乗る。先に俺が乗って、続いて乗った男性は、すとんと俺の隣の座席に座った。あまりに自然な動きで、それが当然のように隣に座っている。
「あの……?」
「次どこ行くの?」
「決めてないです」
「じゃあついてこ」
俺の周りに疑問符が飛んでいたんだろう。男性は俺を見て小さく笑う。さっきも思ったけど、笑顔がものすごく優しい。
「俺は開成。名前教えて?」
「……大知忍です」
開成ってファーストネームだよな……この人の名前だと思うとすごいイケメンネームに感じる。
静かに走るバスの車内、隣から視線を感じる。
「あの、開成さん……」
「開成でいいよ。敬語もいらない」
この人のほうが絶対年上だけど、本人が言うなら仕方ない。
「……開成」
「なに?」
「視線をすごく感じるんだけど」
「うん。見てる」
「なんで?」
「気になるから」
「気になる」の意味がわからず、また疑問符を頭に浮かべていたら手の甲をすうっと指でなぞられた。
「……っ!?」
びくん、と全身で反応してしまい、自分で恥ずかしくなる。
「うわ、かわいい」
「は?」
「感じやすいんだ?」
「……違う」
そういう触られ方に慣れてないだけだ。というかいきなりなにするんだ、この人。
「どこで降りる?」
「あ」
考えてなかった。スマホでマップを見て、花の楽園と書いてある複合施設で降りることにする。ついて行くと言っていた通り、開成も一緒に降りた。
二人で様々なテーマガーデンを歩く。しかし、なんで二人で行動することになったんだ。隣を見ると薔薇より眩しいイケメンと、並ぶ地味な俺。どういう二人連れに見えるんだろう。
……まあ、深く考える必要もないか。これはこれで楽しいし。
のんびり歩いて花を見て、どのくらい時間が経ったかわからないけれど、全体を見て回ったくらいでそこを後にする。またバスに乗って駅のほうへ戻っていく。
「忍、お腹空かない?」
「……空いたかも」
「なにか食べよう」
「うん」
バスを降りて食事ができるお店を探すけれどたくさんある。観光地だもんな。
「開成はなに食べたい?」
「忍が食べたいものが食べたい」
謎な返しだ。でも、それなら……とメニューを見て歩いていたらどんどんお腹が空いてきたので、一番惹かれる、海鮮丼が食べられるお店に入った。
その後もずっと開成と行動して駅まで戻った。俺は駅前のホテルに泊まるから、開成とはここでお別れ。
「俺もホテルそこ」
「……」
「一緒に行こう」
手を引かれて二人で駅前にあるホテルの自動ドアをくぐった。これで部屋が隣だったらびっくりだ、と思っていたらさすがにそれはなかった。
「後で部屋に遊びに行ってもいい?」
「いいけど……」
「じゃあまた後で」
部屋番号を教え合い、エレベータに乗る。俺が先にエレベータを降りると、すごい笑顔で手を振られた。部屋に入って荷物を置き、一つ息をつく。窓からの景色が綺麗で海がずうっと遠くまで見える。
窓の外をしばらくぼんやり見て、それから荷物を片づける。着替えようかな、と思っていたらドアがノックされた。
「忍、俺」
ドアを開けるとコンビニの袋を持った開成が立っている。
「入っていい?」
「うん」
「これ、差し入れ」
「差し入れ?」
受け取った袋にはお茶やスポーツドリンク、缶ビールにおつまみ、軽食が入っている。気を遣わせてしまったかなと申し訳なく思うと開成が「気にしないで」と言うけれど気にするだろう。
飲み物を冷蔵庫に入れようとしたらやってくれた。
「忍は食事、先に行く?」
「お昼がボリュームあったからあんまりお腹空いてないんだよね」
「じゃあ、温泉一緒に入ろう」
「……え?」
一緒に?
「部屋から浴衣持って来た」
「……」
「入ろ入ろ」
この部屋は半露天風呂がついているから、それに二人で入ろうという意味だろうけど……まあいいか。せっかくだからホテル内の大浴場に行ってもいいかなと思ってたくらいだし、誰かと入るなら開成と一緒でも別に構わない。
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