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いや、新しい総支配人が開成とか……は? 開成は知ってた? 俺を見て固まってたから偶然、だろうな。
なぜか支配人室に移動することとなり、佐竹さんと一緒に、三津真さんと向かい合ってソファに座る。三津真さんは笑顔のまま。
「佐竹さん」
三津真さんが佐竹さんに話しかけるのを隣で聞く。なにか言われたらどうしようとどきどきしながら。
「現在、当ホテルでは佐竹さんのところ以外にもバンケットスタッフの派遣をお願いしている会社があります」
「はい」
「でも、この機会に小規模宴会はすべて佐竹さんのところにお願いしたいと私は考えているんですが、いかがでしょう」
「謹んでお受け致します」
そういう話か……。
ミツマさんは小規模宴会に力を入れているから、件数はかなりあるはず。今でも結構な数の宴会で使ってもらっているけれど、更に増えるのは単純に嬉しい。
俺のことじゃなければいいや、とちょっと力を抜いたら三津真さんと目が合った。
「それで、その代わりに大知さんを時々お借りしたいのですが」
「……はい?」
なに言い出すんだ、こいつ……じゃなくてこの人。
「喜んで」
「佐竹さん!」
「なにか問題あるの?」
「……」
ありすぎるけど言えない。口を噤む俺を見て三津真さんは笑みを深くする。
「無理にとは申しません。大知さんがお嫌なら……」
「大丈夫です。お受け致します」
「なんで佐竹さんが受けるんですか」
「では行きましょうか、大知さん」
「行ってらっしゃい」
聞けよ、二人とも。ていうかどこ行く気だ。
「帰りは私が事務所まで大知さんをお送りしますので、佐竹さんは戻られて大丈夫ですよ。お忙しいでしょう」
「お気遣いありがとうございます。ではお言葉に甘えて失礼させていただきます」
俺を置いてく気か。佐竹さんは去り際に俺の耳元で囁く。
「身体張って仕事取ってこい」
……マジすか。
佐竹さんは俺を生贄にして事務所に戻ってしまった。俺は先を歩く三津真さんの後について行く。スーツ姿は印象が全然違って恰好よさが増している。あの旅で会った「開成」とは違う人のようで少し寂しい……ってなんで寂しがってるんだ、俺。
「どうぞ」
「……?」
「入って」
「……はい」
一旦エレベータで降りてフロントに寄ってからまたエレベータに乗って、客室のある階へ移動。入った部屋はスイートルームっぽい場所。なんで? と思いながら三津真さんを見る。
「昨日ぶりだね、忍」
「……」
「身体つらくない?」
「……ちょっとつらいです」
これは正直に答える。
「連絡先を聞くの忘れてすごくショックだったから、また会えて嬉しい」
「……」
「そう思ってるのは俺だけ?」
「……」
どう答えろと。でも口元が少し緩んでしまって慌てて引き締める。嬉しいのは、……確かに嬉しいんだけど……。
「……あの、三津真さん」
「……」
「三津真さん?」
「なんで『三津真さん』なの?」
「……それは」
取引先の総支配人を気安く名前で呼ぶわけにはいかない。ていうか、やっぱり俺はこの人のことをなにも知らなかったんだ。本来はあんな風に近づくことなんてできない人だったなんて……。
「……」
三津真さんが俺の腰に手を回し、少し強引に唇を重ねてくる。慌てて逃げようとしても押さえ込まれて逃げられない。思考が霞むキスに簡単に力が抜けていく。
「みつ、ま、さ……、ぁ」
三津真さんの胸を叩いてもキスから解放されず、ネクタイが緩められて身に着けるものが乱されていく。この流れはまずい。
呼吸の苦しさに、もう一度三津真さんの胸を叩く。ようやく唇が離れて、至近距離で濃いグレーの瞳が俺を映した。
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