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「呼んで、忍」
「……三津真さん……」
「違う」
「……」
「呼ばないなら、それでいいけど」
「え……あ!」
脚の間を三津真さんの太腿でぐり、と擦られる。思わず声を上げてしまうと、三津真さんは意地悪に笑んだ。
「呼びたくないならずっとそのままでいてみたら?」
「あっ……!」
明らかに俺を昂らせる意図を持って太腿で熱を刺激される。数回擦られたら呼吸が熱くなり、腰が疼いてしまった。更に、シャツの裾から手が入ってきて胸の突起を弄られる。もうどうにもできない。三津真さんのスーツに皺を作っちゃいけない、としがみつきそうになるのを最後の理性で押し留めるのに、それさえ崩そうと三津真さんは俺に快感をもたらす。
「……だめ……開成……」
蕩けた脳は判断力など失くして、三津真さんの名を呼んでしまう。でも三津真さんは満足そうに微笑んで甘いキスをくれた。
「忍に名前呼んでもらうの、好き」
「……」
「もう一回呼んで?」
「……開成」
「うん」
これで解放されると思って息をつくと、その吐息をキスで呑み込まれた。話が違うと開成の胸を叩くけれど、今度はキスが深くなるばかり。しかも身体を持ち上げられてベッドまで連れて行かれ、押し倒された。ベルトを外されて身体が強張る。
「や……」
「どうして? つらいでしょ」
「……だって……」
「聞こえない」
スラックスと下着を脱がされ、露わになったものに触れながら開成はまた唇を重ねてくる。抵抗しないと……でもできない。気持ちいい。あっと言う間に溶かされて、限界を迎えた。
「ほんと、感じやすくてかわいい」
「はっ……はぁっ……」
ちゅ、ちゅ、と啄むキスに瞼を下ろす。力の抜けた俺の髪を撫でて、呼吸が整ってきたのを確認してから手を引いてくれた。
「今日はここまで」
「……?」
「まだ、ご挨拶に来てくださる方がいるかもしれないからね」
「……」
そうだった。ていうか俺も仕事中だから戻らないと。
「忍はここで休んでて」
「え?」
「なるべく早く戻ってくる」
「でも……」
開成も仕事中だ。
「事務所まで送るって言ったでしょ。車出すから」
「電車で戻れるよ」
「だめ」
いや、だめなのは送ってもらうほうだろう。
「でも、総支配人に送ってもらうなんてできない。開成だって抜けるわけにはいかないだろ」
「大丈夫。副支配人もマネージャーもスタッフも優秀だから」
「……」
「じゃ、待っててね」
全然大丈夫じゃないだろ……。
なんて言っても聞いてくれる人じゃない。俺はおとなしく開成の運転する車の助手席に座る。スイートルームは開成が綺麗に整えてから後にした。シーツの交換を横で見ていたけれど、すごい。他の人に整えられるのは恥ずかしすぎるのでよかった。
「……開成っていくつ?」
「三十」
「……三十……」
三十歳で総支配人って若くない? 俺がそういうの詳しくないからよく知らないだけ? 俺の知っている他のホテルの総支配人って、もっと年齢を重ねてる方ばかり。
「前の総支配人、知ってる?」
「うん。すごく優しい方」
「優しい? ……まあ、優しいけど」
「お菓子よくくれた」
「……」
なんかすごく呆れた目で見られてるけど、ちょろいと思われている? いや、ちょろいかもしれないけど。
「……その優しい前総支配人、俺の父親」
「あ、そうか……」
あの方も三津真さんだった。ていうかホテル自体、ミツマホテルじゃん。
「うん。俺、三人姉弟の一番下で、一人だけ男のせいか、すごくかわいがられてるんだよね……もうこんな年なのに。それで父から『死ぬ前にどうしても開成が総支配人をやっているところが見たい』って言われて」
「お父さん、具合悪いの?」
「ピンピンしてる。すごい健康体」
「……」
なんだそれ。
「ホテルは今は高齢の祖父がオーナーなんだけど、そのうち父と交代するんじゃないかな、時期はわからないけど。それの前段階で俺を総支配人にっていうのがあるんだと思うけど……いつ死ぬかわからないから早くって言うんだ」
「へえ……」
すごい健康体なのに。
「こういうことは急ぐものじゃないし、順序っていうのもあるのにね。……でも結果的には受けてよかったけど」
「なんで?」
信号で車が停まって、開成が俺をじっと見る。
「なんでだと思う?」
そういう聞き方はずるい。
「知らない……」
顔を背けて窓の外を見る。おかしそうに笑う声が聞こえて少し悔しい。でも、なんでか開成が笑ってると嬉しい。
「バンケットスタッフは忍のところに全部お願いするから」
「え……いいの?」
「うん。その代わり忍は週二回、俺と会うこと」
「二回……?」
「足りない?」
「そうじゃない」
なんでそういう考えになるんだ。でも週二回抜けたら事務所の仕事が溜まってしまうんじゃないか。さすがに佐竹さんもだめだと言うだろう。
「パソコンがあればどこででもできる仕事なので、いくらでも行かせます」
佐竹さん……。
事務所で俺の代わりにスケジュール組みをしていた佐竹さんは開成から話を聞いて、すぐにそう言った。そりゃそうだけどさ、企業秘密とかないの?
「ミツマホテルさんへ派遣するスタッフの事務作業をミツマさんでやれば、すっごく手間が省けるじゃない」
「それはいいですね」
「……」
そりゃ、宴会の予定とかが出てるかどうか確認したりそれを送ってもらったりっていうのがその場で終わったら早い。それでそのままスケジュール組みすれば終わる。なんならこれからは請求書も手渡しできるんじゃないか。ミツマさんは請求書は郵送して欲しいと言われているから、手渡しなら切手代が節約できる。
……いや、でも……いいのか?
「大知くんは事務所で勤務してることにするから」
「ですよね」
やっぱりまずいんだ。
「大丈夫。うちの顧問弁護士、腕いいよ。問題起きてもなんとかなる」
「ええ……?」
なにそれ。佐竹さん……それでいいの?
「大知さんを事務スタッフとして派遣していただくというのはどうでしょう」
「ええ……?」
開成も、なにそれ。
「三津真さんがよろしいなら、そうしますか」
「そうしましょう」
二人で勝手に話を進めている。
こうして俺は週二日、祝日と給与支払い日ではない火曜日と木曜日に、ミツマホテルに「派遣」されることになった……名目上は。
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