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で、翌日がもう火曜日だし。
またスイートルームに連れて行かれたらどうしようと思っていたら支配人室だった。開成がデスクに向かってパソコンでなにか確認しているので、俺もノートパソコンを出してミツマホテルさんのスケジュールデータを開く。
まだ次の宴会日程が来ていない。スケジュールはいつもこちらから連絡して送ってもらっているので、メールを開いて考える。
「三津真さん」
「……」
「……開成」
「なに?」
名字で呼ぶと返事をしないつもりだ。
「本当に小規模宴会は全部うちにもらえるの?」
「そうだよ」
「で、そのスケジュールをいつ頃もらえる?」
「すぐあげる」
「ふーん」
スケジュール管理担当の人は連絡しても「確定していないから」っていつも結構ぎりぎりまで送ってくれない。開成に言えばすぐ送ってくれるのか。
「昼までに送るって」
「ありがとうございます」
「すぐって嘘ついてごめんね」
「ううん。昼なら充分早いから」
ホテル内のメールかなにかで連絡をとってくれたらしい。たぶん、メールかスケジュールのタイトルかどこかに「未確定」と大きく書かれているはず。未確定でも早くもらえると助かるんだ。これまでとスケジュール組みが変わる、今回みたいなときは特に。
「ねえ、忍」
「なに?」
「スケジュールが届くまで他にやることある?」
「……」
「ないよね?」
声が近いなと思って見ると、なぜか真横に開成がいる。びっくりして顔を引こうとしたら後頭部を押さえられて唇が重なった。
「っ……」
「ないよね? じゃあちょっと休憩」
俺の隣に開成が座る。手を繋がれて、ただそれだけなのにどきりとした。
「大丈夫なの? 仕事……」
「さっき、チェックアウトされるお客さまへのご挨拶はしてきた」
「うん。知ってる」
俺をこの部屋に一人で置いて行って、正気かと思った。……寂しかったわけじゃない。
「……開成はホテルマンとして働いてたの?」
昨日、ベッドを整えるのとかすごく手早くて恰好よかった。
「うん。父の知り合いが経営してるホテルで働いた後、ミツマで勤務してたよ」
「そうなんだ……」
今まで会ったことがないけど、それはそうか。俺がホテルに行くのはたまにだし、ミツマさんの従業員全員を知っているわけじゃない。
「総支配人になるつもりはなかったけど、やっぱり父の姿を見てかっこいいとは思ってたから」
「じゃあ頑張らないとね」
「……どうかな。引き受けたからには、精いっぱいでやるけど」
急に開成の声が冷めた。顔を見ると、どこか諦めたような表情をしている。
「どうした?」
「……俺みたいなの、みんな嫌がるから」
「なんで?」
「顔がいいだけのお飾りなんて本音ではいらないでしょ」
「お飾り……」
そういう考え方してるんだ…。まあ顔はいいよな、顔だけじゃなくてスタイルもいいし声もいいけど。
「父も俺にそんなに期待してないだろうし」
「そう言ってたの?」
「言ってないけど」
でもそんな感じがする……ってぽそぽそ。それってどうなんだろう。
「本当は総支配人だって、副支配人とかマネージャーを経てなるものなのに、俺はそういうの飛ばしてなっちゃったから目障りだろうしな」
「そうかな」
「絶対そうだよ。ほんとにできるのかって思われてる」
「それも言われてないんでしょ?」
「……うん」
「言われてないなら違うんじゃない?」
「……なんでわかるの?」
真剣にそう聞かれると困る。
「わかんないけど、でも『いらない』とか『期待してない』とか『目障り』とか『ほんとにできるのか』って、直接言われてないんでしょ?」
「……うん」
「陰で言われてる?」
「……言われてないと思うけどわからない」
「なら、言われてるってわかってからそう考えれば?」
言われる前からそんな考え方してたら、心が疲れるし捻くれそう。
俺の言葉に開成はちょっと無言になってから、なぜか抱きしめてきた。
「なに?」
「ありがとう、忍。そうする」
「うん。で、なんで抱きしめてるの?」
「嬉しいから」
変なの……まあ、嬉しいならよかった。
開成って意外と弱いところもあるのかな。でも、仕事中にくっついてばかりじゃよくないんじゃないか。
「仕事しないと……」
「スケジュールが届くまで、忍はなにもやることないって言ってた」
「俺じゃなくて開成が……」
「俺のことなんてどうでもいい」
「よくない」
そう言うと、なぜか開成が表情を輝かせた。今度はなんだ。
「忍は俺が大切なんだ?」
「え」
「俺のこと、どうでもよくないんだよね?」
「それは……」
「すっごく嬉しい……」
また抱きしめられる。これはなにを言ってもだめそうだ。
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