「かわいい」よりも

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「えっと…」 「?」 「俺は相原(あいはら)羽海(うみ)です。あの、お名前を伺ってもいいですか?」 「小長谷(こなやが)です」 「小長谷さんも〇×駅なんですか?」 相手はフルネームで名乗ってるのに、苗字を名乗っただけだったのは失礼だったかな。 でも今更名前を名乗るのも変だ。 「はい。相原さんは…」 「羽海でいいですよ。俺のほうが年下です」 「じゃあ…羽海さんは大学生ですか?」 「そうです。“さん”も敬語もいらないですから、普通に話してください」 「そう言われても…」 年下とはいえ、会ったばかりの人をいきなり呼び捨てで普通に話せと言われても…どうしたらいいのかわからない。 「羽海…も同じようにしてくれるなら」 「それは…小長谷さんは年上なので、できないです」 「じゃあ俺も“相原さん”で敬語のまま話します」 ちょっと冷たい言い方になってしまった。 ショックを受けたような目で相原さんは俺を見る。 「……わかった。えーと、名前…」 「(ほまれ)です」 「誉」 「うん」 友達ができた感じでいい。 最寄り駅が同じっていうのもなにかの縁かもしれない。 「誉は長く住んでるの?」 「長い…のかな。前は会社まで電車の乗り換え二回あって面倒だったから、楽のために思い切って引っ越して三年経つ」 「そっか…俺は三月に引っ越したばかりだから、まだよくわからなくて」 三月か…じゃあまだわからないことあるだろうな。 「駅の南口に小さいスーパーもあって、野菜はそこのほうが安いよ」 「そういう情報助かるな。なるべく節約したいし」 俺も節約のために、時間のあるときは両方のスーパーに行っている。 キャベツとか五十円以上値段が違うこともあるから。 「羽海は北口、南口どっち?」 「北口から徒歩五分くらいのところ」 「俺も北口。徒歩で…七分くらい?」 「近所だったりして」 かっこいいのに笑うと可愛い…すごいな。 羽海と色々話していて気が付いたら〇×駅は次だった。 「間に合いそう」 羽海が腕時計を見てほっとした顔をする。 俺もスーパーに寄って行こうかな。 スーパーに一緒に入って、買い物をして。 閉店時間五分前に店を出た。 帰宅方面が同じ。 もしかしたらほんとに近所かも。 羽海がアパートの前で止まる。 「俺、ここ」 「え」 「誉は?」 「そこ」 斜め向かいのマンションを指差す。 「いや、徒歩七分ないでしょ」 「そうかな。俺が歩くと七分だよ。羽海は足が長いから」 きっと、今歩いて来たときも歩幅を合わせてくれたんだろう。 腕時計を見ると、ちょうど七分経つくらいだ。 「なんか不思議な縁」 「ほんとに。じゃあ俺、帰るから」 「うん。おやすみ、誉」 「おやすみ」 アパートに入っていく羽海と別れて俺はマンションに入る。 買ってきたものをしまって、先にシャワーを浴びてから食事にする。 明日は休みだ。 いや、本当なら今日も休みだったんだけど。 でも休日出勤のおかげで面白い出会いがあった。 また会えるかな。
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