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「においは同じにはならないよ」
「なんで? やだ」
俺が言うと、羽海がちょっと眉を顰める。
「その人や家のにおいってあるだろ。だから俺と羽海が同じ洗剤と柔軟剤を使っても、全く同じにおいにはならない」
「……そっか」
羽海が手を伸ばしてくるので、まさかここで抱き締める気かと身構えると、右手を取られた。
「そうだよね。じゃあ俺、誉をひとり占めしたい」
「は?」
「誉のにおい、誰にも嗅がせたくない」
「……」
同じにおいにならないって話じゃなかったのか。
そう言おうと思ったのに言葉が喉に詰まって出てこない。
羽海の瞳があまりに熱く揺らめいているから。
言葉に詰まった俺の髪を羽海が撫でる。
「困ってる誉は可愛過ぎるね」
「…だから」
「愛らしい」
「それも…」
「じゃあ……好き」
俺の耳元に顔を寄せて、ぽつりと呟く羽海。
すぐに顔は離れていったけれど、耳に吐息と声が残っている。
好き……好き?
好きってなんだ。
からかって遊ぶと楽しいとかじゃなくて、…好き?
「羽海…?」
「この先は今夜、ね」
俺のネクタイに触れてそっと撫でる手の動きが綺麗で、思わず見入ってしまう。
ネクタイから手が離れても、その手を目で追ってしまった。
「今夜、だよ」
「…っ」
顔が熱い。
なんで六歳も年下の男に振り回されてるんだ。
恥ずかしい。
今夜ってなんだ。
いや、さっき俺が言ったのか。
抱き締めるのは夜まで待てって。
でも、この先って…なにされるんだ…?
心臓がどきどき言ってる。
顔が熱い。
なんでそんなに甘く囁くんだ。
「ほら、誉。もう着くよ」
「あ…」
「帰ったらまた連絡する」
「…わかった」
このどきどきをどうしたらいいかわからない。
口元が緩みそうになるのを必死で堪える。
こんなのおかしいだろ。
「小長谷」
後ろから肩を叩かれてびっくりして振り返ると藤井がいた。
「おはよう、藤井」
「どうした? 顔赤いけど」
顔赤いか…。
そうだよな、だって頬が熱い。
「なんでもない」
「今日、もし早く終わったら飲みに行かないか?」
「え?」
「会社の近くに美味い店があるんだよ」
どうしよう。
羽海との約束もあるし、断るべきなんだけど…。
「…わかった、いいよ」
約束から、ちょっと逃避したかったのかもしれない。
軽い気持ちでOKした。
羽海が帰るまでに俺も帰ればいいだろう。
そう思って。
「いらっしゃいませー………」
「……」
でも、まさかその店が羽海のバイト先だなんて思わなかった。
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