「かわいい」よりも

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俺を見て少し固まった羽海は、隣の藤井を見てすぐに笑顔に戻った。 「二名様ですか?」 「はい。空いてますか?」 「こちらのお席へどうぞ」 羽海と藤井のやり取りを聞きながら、嫌な汗が伝っていくのを感じる。 だって羽海の笑顔が怖い。 優しくてかっこいい、いつもの羽海なのに、俺には怒っているように見える。 「今の店員さん、すごいイケメンだな」 「…ああ」 「やっぱりモテるのかなぁ」 「……」 モテる、のかは知らないけど、年上の男を手のひらで転がすことはできる。 拗ねた顔も可愛くて、抱き締める腕はしっかりしていて力強い。 「なあ…聞いてくれ、小長谷」 突然藤井に手を握られた。 何事だ。 「まだ妻が疑ってるんだ。結婚記念日に花を買って帰ったこと」 「ああ…」 「記念日に花なんて買うタイプだった? ほんとはなにかあるんじゃないの?って」 大変だな。 でも。 「話は聞くから手を離せ」 「冷たい!」 両手でぎゅっと手を握られたと同時に羽海が生ビールをふたつ運んできた。 まずい…。 慌てて手を引くけれど、今更遅い。 羽海が固まっている。 「…生ビールをお持ちしました」 「ありがとうございます。はい、小長谷」 「あ、ああ…ありがとう」 じっと俺を見る羽海の瞳が揺れている。 それは朝のような熱いものではなくて。 「俺と小長谷に乾杯」 「…なんだそれ」 「いいだろ、慰めてくれよ!」 羽海が無言で離れて行く。 ビールの味がわからない。 藤井となんの話をしたのかもはっきりしない。 ただ、羽海がそばを通る度に嫌などきどきが拡がる。 「ありがとうございました」 会計も羽海。 突き刺さる視線を感じながら店を出た。
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