「かわいい」よりも

8/13

35人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
◇◆◇ 連絡なし。 時刻は十一時を過ぎた。 寝る準備を整えて、ベッドに入って溜め息を吐く。 「もう寝るか…」 寝付けないだろうけど。 それはもともとか。 でも今夜はいつも以上に寝付けないだろう。 頭の中には羽海が浮かぶ。 「…別に、羽海と俺はなんでもない」 だから羽海を気にする必要もない。 それなのに、悲しげに揺れる瞳が脳に焼き付いて離れない。 寝ないといけないのに眠れない。 身体の向きを変える度に溜め息。 なんでもないわりには気にしてるじゃないか。 スマホが鳴った。 「はい」 『…誉、起きてた?』 「寝ようかと思ったけど、眠れなくて困っていた」 『そう…』 沈んだ声。 『今日の約束って、誉にとって迷惑だった?』 「え?」 『…嫌だったのかなって思って』 嫌だったか。 …嫌じゃない。 でも、戸惑いはあった。 正直に言ったらどうなるのか。 そこにも戸惑いがあるけれど、気持ちを伝えなければ羽海が離れてしまう気がした。 どうしてだろう、羽海が離れて行くことが辛い。 「……嫌じゃ、なかった」 緊張で手が震える。 どういう言葉が返ってくるだろう。 『……』 「羽海?」 『……ほんとに嫌じゃないなら、今すぐうち来てよ』 「え…でも」 もう遅い。 こんな時間に行ったら迷惑にならないか。 『嫌なら来なくていい。それが誉の気持ちだって思うから』 プツッと一方的に電話が切られた。 通話終了画面を見つめる。 ロック画面に表示が戻り、スマホを置く。 「…行くか」 マンションを出ると、アパートの前に羽海がいた。 「嫌なら来なくていいって言ったくせに、待ってたのか」 「……」 声を掛けてもこちらを見ない。 「来なかったらどうするつもりだったんだ」 「……信じてたし」 拗ねた顔。 馬鹿な奴だな、と思うけれど、存外そういうところも……。 「……そうか」 「え?」 「早く部屋に入れろ。いつまでも部屋着でうろうろしたくない」 「……」 まだ拗ねた顔をしながら俺の手を引く羽海。 どきどきする。 熱い頬を夜風が冷ましてくれるけど、追いつかない。 羽海の部屋に入るとき、少し足が竦んだけれど、また羽海に『可愛い』と言われそうだから勘付かれないように足を進めた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加