探偵小説なら、これは事件の始まりかもしれない

2/7
前へ
/44ページ
次へ
 素早く振り向くやいなや、光は背後に妹を庇うようにして立ち上がり、手近にあったフォークをつかんだ。刃を向けるようにして、謎の侵入者をフォークで指す。 「誰だお前!」  怒鳴りつけた次の一言が、思わず詰まった。いつの間にか家の中に入ってきていた男の、奇妙な外見に目を奪われたからである。  カーテンを閉めた窓のそばに立つ長身の男が、長い銀白の髪を揺らしていた。  室内を照らし出す明かりを全て吸い尽くすほどに、肌は白く、透き通っている。真夏の空の奥を煮詰めたような青い瞳が、じっと2人を見つめていた。  珍しい風貌の青年である。いや、そもそもどこから入ってきたのか。入口の扉は、鍵をかけていたはず── 「鍵、開いてたよ」 「嘘だろ」  青年の何気ない一言に、光はさっと青ざめた。  戸締まりさえまともにしていなかった。いつ、どんな輩が入ってくるかも分からない。例えば、この銀髪の男みたいに。  後ろで怯えている様子の三陽を隠しつつ、光は、フォークを強く握りしめた。粗末な武器だが、いざとなれば顔面に突き刺してでも追っ払う。妹だけでも守らなくては。  しかし、銀髪の男のふざけた自己紹介が、光の覚悟をへし折った。 「すまないねえ、驚かせてちゃって。僕の名前はアルツというんだ。天界からこの地に舞い降りた天使さ」  誰もが虜になってしまうような、完璧な微笑を浮かべて、彼は名乗った。 「お2人さん、何やらお困りのようだね。こんなところで見捨ててしまえば、天使の肩書きが泣く。そうだな・・・・・・ひとつだけ、なんでも願いを叶えてあげよう」  しかも、光が口を開くより早く、彼は続けたのであった。  光が何より望んでいた言葉を。ありえないと思っていた天からの恵み、予想外の福音を。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加