探偵小説なら、これは事件の始まりかもしれない

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 手にしていたフォークが、甲高い音をたてて床に落ちた。それくらいの衝撃だった。 「兄さん、こんなのまるで・・・・・・」  夢みたい。そんな言葉に、光はとっさに振り向いた。本物の嬉し涙に頬を濡らし、顔を赤く染めている。  久々に見た、三陽の心の底からの笑顔に、光の心拍数は一気に跳ね上がった。それは、降って湧いた奇跡への喜びであったし、唐突に出現した希望への期待でもあった。  突然現れた男を不審に思う気持ちは一瞬にして消え失せ、願いが叶うという嬉しさで胸がいっぱいになる。光は三陽と同時に手を伸ばし、ひしと彼女を抱きしめた。  本当に夢みたいだ。天使は、なんて素晴らしいときに来てくれたのだろう。 「おやおや、その様子では、もう願いはお決まりかね」  銀髪の青年、アルツが口元をほころばせる。なんとも甘い問いかけに、光はうなずいた。 「三陽を追いかける連中が、たくさんいるんだ。週刊誌記者にカメラマンにテレビ、熱烈なファンもそうだし、最近はストーカーまでも」  光は、興奮気味に早口でまくしたてる。 「だから、マスコミにも粘着質なファンにも離れたところで・・・・・・仕事のことなんて考えなくていい、ゆっくりできる休暇を三陽に過ごさせてやりたい」  最後まで聞いたアルツが、少し驚いたように目を見開く。 「別に、構わないけどね。いいのかい?自分の願いは」 「そうよ、私のことだけじゃなくて、兄さんの願いを優先したって良いのに。ひとつしか叶えられないっていうんだから」  アルツと妹の問いかけに、しかし、光は笑みを浮かべて首を振った。愛する妹のそばに寄り添いながら、当たり前の返事を返す。 「何言ってんだ。俺の願いなんかよりも、妹の願い事の方がよっぽど大切だよ。叶えてほしいのは、三陽のことだ」
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