探偵小説なら、これは事件の始まりかもしれない

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「な、なんと美しい兄妹愛だ。三陽さん、素敵なお兄さんで良かったねえ」  当然のことを言ったまでだというのに、アルツはなぜかいたく感動したようで、涙をぽろぽろこぼし始めた。その様子からするに、この世には妹を優先しない兄という生き物が存在するのだろう。全く、理解しがたいことだ。 「では三陽さんは今、満足に休息もとれないほどお忙しいということかな?その、大量の追手のせいで」  ひとしきり涙を拭き終わったアルツが、尋ねる。  ここから先は、三陽が直接語ったほうが良いだろう。本人にしか分からない苦労も痛みも、たくさんあるに違いないから。  三陽の肩にそっと触れ、優しく促す。その意図を感じとったのか、三陽はココアのカップを握りしめたまま、口を開いた。    ***  親譲りの美しい顔立ちとととのったスタイルは、当時生活の苦しかった、学生時代の三陽を救った。  道を歩いていたところをスカウトされ、そのまま芸能事務所に加入。成人済みだったこともあり、契約はとんとん拍子に進んだのだそうだ。  物覚えもよく好奇心もあり、新しいことにどんどんチャレンジしていくという元来の性格もあり、様々な業界から引っ張りだこになる日々。モデルや女優や芸能人として、汎ゆるテレビ枠にも出演した。  とはいえ、輝いていたのは最初の数年だけだった。固定のファンが増えれば、同時に面倒なファンも増える。三陽に役をとられた他の有名人たちのファンは、特に粘着質だった。  いっさいゴシップネタのない三陽のことをあれこれ勝手に邪推し、悪い噂をネット上で吹聴したのだ。  それを信じた馬鹿もいくらかいたせいで、世間は、これまできれいな一面しか見せてこなかった三陽が、実はとんでもない秘密を隠しているのではないか。そんな妄想に取りつかれ始めたのである。  もちろん、根拠のない噂を信じない賢い者も多くいた。  しかし嘘とは言え、三陽の後ろ暗い捏造記事は飛ぶように売れ、妄想だらけの熱愛報道がお茶の間で放送されるたびに、視聴率は跳ね上がった。  そんなわけで、三陽のことを僻む者とおしゃべり雀にのせられて、いつしか大量のマスコミが、常に三陽をつけまわすようになったのである。
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