探偵小説なら、これは事件の始まりかもしれない

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 ひと通り話し終えた三陽が、ため息をついた。しかし、その憂いた顔も、アルツを見ればにわかに輝き始める。 「もうずっと、いろんな人に追われてるの。外を歩くたびにシャッター音が鳴って、誰もが振り向く。舞台上ならいいけど、日常生活までそうだと疲れるのよね。もういっそのこと、休業覚悟でバカンスに行って、数日遊び歩きたい」 「なるほど、大変だねえ。それは天使の力を使って助けてあげたいけど、人間界の自治は乱しすぎると神様に怒られるから・・・・・・ここは、ちょっとアナログな作戦を用いようか」  三陽の目に宿る期待の色が、ほんの少しだけ暗くなったように見えた。しかし、まだ希望はついえていない。  光は、アルツの持ち出した作戦とやらが案外ずさんなものではないことを祈りながら、彼の言葉を待った。 「さて、さっそく作戦を練るとしよう。そうだね。やるならば、古の囮作戦だろうか」 「囮作戦?」  アルツの言葉に、光と三陽はそろって首をひねる。 「突然だが・・・・・・お2人は、宴ノ会(エンノカイ)という、有名人が集まる非公式の会合を知っているかな?1ヶ月後に、都内のあるところで開かれるんだけど」  そう言ってアルツが口にしたのは、この別荘や三陽の事務所がある街からも相当離れた、有名な県庁所在都市の北西部を示す地名だった。  その県は首都に近いために人口がかなり多く、政府の機関や役所も密集している。だが、北西部はまだ開発途中の地域も多くあり、アルツが言っているその場所も、未開発で自然豊かな土地だ。  電波も繋がりにくく、道も舗装されていない。人が住めるようになるには何年もかかると聞く。  誰もが憧れる都会に位置しながら、その不便さのせいで、多くの人を避けさせる土地。とは言え、それは或る種類の人々にとっては都合がいいらしく。 「宴ノ会のことは、知ってる。SNSでフォロワー数十万人超えの人とか有名な作家とか、界隈では名の知れた研究家とか・・・・・・とにかく、そういったいわばインフルエンサーたちが集まる、秘密の集まりなんだって。私も本当は行く予定だったんだけど、これ以上スケジュール帳が埋まるのが面倒で」 「おお、よくご存知で。さすがは芸能界の花形だね」  三陽がおずおずと説明を添えると、アルツは嬉しそうに指を鳴らし、慣れた仕草で片目をつぶった。
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