いつまでも

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熱く乱れたふたつの呼吸。 尚紀の火照る身体を抱き締める。 「尚紀…」 「うん…」 「俺のものになれ」 「……うん」 尚紀の顔をじっと見た後、鼻をつまむ。 思わずキスしそうになってしまった。 可愛いけれど、そんな簡単になにも考えずに『うん』なんて言うな。 「…これ、どういう意味?」 「『馬鹿』って意味だ」 「俺、衛介のものになるのに?」 手を離してその目を覗き込む。 「ほんとに意味わかってるのか」 「わかってる」 「じゃあ、どういう意味か言ってみろ」 「衛介も俺のものになるってことでしょ?」 「あながち間違ってない」 「つまり?」 つまり。 言葉を一旦切って、ひとつ息を吸って、それから口を開く。 「…もう、俺の囲いで生きなくていい」 口に出したらものすごく怖い。 でも、尚紀は自分の世界を作っても俺を捨てない。 そう思えるから、言えた。 尚紀が目を見開いて、そのまま固まる。 「…えい、すけ…」 「尚紀?」 「やだ…嫌だ…」 ぼろぼろと泣きながら俺に縋りつく尚紀。 涙を指で拭ってやるけれど、追いつかないくらいに涙を次々零す。 「これからは一緒に、ふたりで考えていこう」 尚紀の頬をなぞって唇を重ねる。 「俺は、衛介だけのものじゃなくなるの?」 「違う」 尚紀にそれが恐怖となるくらいに俺は尚紀を囲い込んでいた。 でも、もうその囲いは必要ない。 「じゃあなに?」 訝る言葉と視線。 なだめるようにそっと尚紀の髪を撫でる。 「尚紀のことをふたりで考えて、俺のことをふたりで考えるんだ」 「…? 意味がわからない」 「大丈夫。わかるようにしてやるから」 細かく砕いて説明して、と言う尚紀。 そうじゃないけど、それでいい。 最終的に俺に頼る、それだけでいい。 尚紀に考えさせよう。 とても怖いけれど、そうして自分の世界を教えよう。 「実践で教えてく」 実際にたくさん考えさせて、たくさん悩ませる。 そうして出した答えを、ふたりで大切にしたい。 「お手柔らかにお願いします」 「そんなことしてたら一生が終わる」 尚紀はまだよくわかっていないような顔をしているけれど、涙は止まった。 「心配するな」 心配なのは俺のほうだ。 尚紀が俺の手の中から出たときに、正気でいられるか。 恐怖で尚紀にしがみ付いて、また囲いの中に戻してしまいそうな自分が想像できる。 「優しくしてね?」 「それは約束できない」 優しくして欲しいのは、むしろ俺。 こっちこそお手柔らかに頼みたいが、今、尚紀にそう言ったところで通じないだろう。 これからなにが始まるんだ、という顔をしている尚紀が愛しい。 本当なら、こんなことはする必要がない。 俺が囲い込まなければ、尚紀は自然と自分で考えて自分が良いと思う道を行っただろう。 それを阻んだのは俺だ。 だから、たとえ一生かかってしまっても、尚紀の世界を取り戻す。 きっとそれしか俺にはできない。 「……ごめんな、尚紀」 「なにが?」 「友達、欲しかっただろ」 「ううん? 衛介がいればそれでよかったよ」 尚紀をきつく抱き締めると、尚紀も抱き締め返してくれる。 体温と一緒に鼓動まで伝わってくるようだった。 優しい温もり。 俺がいればそれでいい。 それでよかった。 それでいいと思う。 でも。 「…そういう尚紀にしたのは、俺だ」 「そうだね」 「だから、一生かけて責任をとる」 尚紀に俺の残りの人生を捧げよう。 なにがあっても、尚紀がどんな選択をしても支えたい。 「そんな顔、しないで」 俺はどんな表情をしているんだろう。 尚紀がキスをくれるので、微笑んで見せると尚紀も笑みを見せてくれた。 「大丈夫。俺、衛介が好きだよ」 「俺も尚紀が好きだ…苦しいくらい、好きだ」 きっと尚紀の“好き”は、俺とは少し違う。 そんな気がする。 「……衛介、もっと強く抱き締めて」 尚紀の望むとおりにきつく抱き締める。 尚紀にはまだ囲いから出ることがわからないのかもしれない。 それでも。 お互いに“好き”がよくわからなくても、“好き”の形を間違えていても、俺と尚紀が好きだと伝え合えることを大切にしたい。 そうしてふたりで形を整えていって、いつかはでこぼこな“好き”の形が丸くなる。 いや、丸くなくてもいい。 色んな形でいい。 様々な“好き”を作っていこう。 俺が求めるのは尚紀以外に誰ひとりいない。 それはいつまでも…永遠に変わらない。
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