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それは、金曜日の午後のことだった。
仕事の休憩時間、俺はうきうきしながらベンチに腰掛けた。連休中、沖縄旅行に行ってきた上司から、ちんすこうを一つ貰ったのだ。
ジャケットの右ポケットに手を突っ込む。袋を取り出してみて、俺は愕然とした。
小さな袋はすっからかん。まるで何も入っていなかったかのように、きれいに食べ尽されていたのだ。
「お兄ちゃん、おかえりなさい」
高校生の妹が言った。
自室の机に向かい、俺は袋を見返した。端のほうに、肉眼でかろうじて分るほどの、小さな四角い穴が開けられている。
スーツを坐卓に広げる。ポケットを覗き、俺は我が目を疑った。
初めは、星空のようだと思った。裏地を覆い尽すように、無数の棘のようなものが生えている。大きさは、長いものでも五ミリくらい。それぞれが色とりどりに光っている。
珍しいカビか何かかと思ったけれど、そうではなかった。表面には窓が規則正しく並んでいる。建物だ。ビルの谷間には道路まであって、塵のように細かな乗物が行き交っている。ポケットの中にいつの間にか、小さな街ができあがっていたのだ。
街の真ん中に、一際目立つ建物があった。左右対称で、大豆くらいの大きさがある。次の瞬間、その近くから金ピカの粒が一つ飛び立った。まばたきをしたら見失ってしまいそうなほど小さい。粒は俺の手首をのんびりと越えたあと、白い坐卓にちょこんと着陸した。
「あんたら、一体何者だ」
通じるかどうかはともかく、俺は訊ねてみた。金の粒が蚊の鳴くような声で、意味不明の言葉を話し出す。だが、短い電子音が鳴ったあと、流暢な日本語に切り変った。
「言葉を知らぬ未開の巨人に、翻訳機を使って教えてしんぜよう。朕は、大デクステル帝国の皇帝、トッケポギミ一世である」
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