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◇◆◇◆◇
「………」
「はよ」
え、いや…また?
裸でベッド。身体にキスマーク。
「俺、出勤の支度するから、おまえはゆっくり寝とけ」
ベッドから出る颯真も裸。
「な、な、なにしたの?」
「聞きたいか」
「………聞きたくない」
この状況から、考えられるのはただひとつ。また、だ。
「なんで手出すの!? 颯真の馬鹿!」
「飲み過ぎるおまえが一番馬鹿だ」
「それは………そうだけど」
「相手が俺でよかったと思っとけ」
颯真でよかった……確かにそうかも。知らない人と夜を過ごしてしまうことを考えたら、よかった。
でも。
「なんで颯真はすぐ手を出しちゃうの? 俺、酔ってたんだよね?」
「ライオンの檻に肉を入れてライオンが、これは食べていいんだろうか、食べたら怒られるか、とか考えるか?」
「颯真はライオンなの?」
「似たようなもんだ。飢えてんだよ、瑛士に」
「………」
俺にとってはライオンより質が悪い。もう颯真とは会わないようにしよう。寂しいけど、そうしよう。
……そう思ったのに。
「うまいな、肉」
「……うん」
「ほら、飲め」
「飲まないっ!」
高級そうなしゃぶしゃぶ屋さんの個室。颯真に酒をすすめられて即断る。もう同じ過ちは犯さない。
「……三度目の正直」
「二度あることは三度ある」
「颯真!」
「悪いな。でもそんな言葉あるだろ」
楽しそう。俺をからかうのがそんなに楽しいのか…ひねくれてるな。
「颯真ってそんなに性格歪んでたっけ」
「失礼だな。どのへんを見てそう言ってんだ?」
「俺をからかって面白がってる」
「違う」
ビールを一口飲んで颯真が微笑む。
「瑛士の色んな顔が見れるのが嬉しいんだ」
「っ…!」
「絶対落とすからな」
なにそれなにそれ! そんなのってだめじゃん! 不覚にも脈が速くなっちゃたし! 顔もちょっと熱い…。
「颯真は苦手なものなかったっけ」
仕返ししたい。
「あるよ」
「なに」
「瑛士が泣くこと」
「!!」
「だから泣くなよ」
どうしようどうしよう! そんなの……そんなの!!
颯真、めちゃくちゃ俺が好きじゃん! 今までなにも言わなかったくせに!
「……急にそんな風にされても困る。今までなんでもない顔してたくせに」
「そりゃ子どもだと思ってからな。でもちゃんと大人だった…色々」
「色々って言うな」
「照れてんのか」
「………」
絶対勝てない。三つの差って大きいなと思う。いや、颯真が大人なだけかも。二十五の俺を子ども扱いできちゃうくらい、大人なんだろうな…。
「なんで颯真はずっと彼女作らなかったの?」
「聞きたかったら飲め」
「……一杯だけ」
颯真がビールを追加で注文する。それが運ばれてきて、ふたりで口を付けたら颯真が真剣な顔をした。
「彼女、作ろうとしたことあるよ」
「あるんだ?」
「ある。でもだめだった。どうやっても頭ん中が瑛士なんだよ」
「どういうこと?」
こつん、と頭を小突かれた。
「おまえ以外、考えられないって言ってんの。やっぱまだ子どもか」
「その子どもに手出したくせに」
「二十五で子どもとか言うな」
「颯真が言ったんだろ!」
もう…。
でもそんなに好きなんだ、俺のこと。なんだか落ち着かない。ずっと一緒で、確かに颯真の後ばかりくっついて歩いていた。だって俺には兄のようで大好きだったし、今も……好き、だけど。
「うーん……」
「唸ってるうちに肉全部食っちまうぞ」
「やだ、俺も食べる!」
楽しいんだよな、颯真といると。気を遣わないでいいし、すごく心が楽。
飾る必要がないってことだと思うけど、そういうのはすごくいい。意地悪だけど、本質的なところは優しいし。
「……」
「ほんとに肉食っちまうからな」
「……うん」
「どうした?」
ほら。
俺の様子がおかしいって思ってくれてる。ちょっとした変化も見逃さないくらい、俺を見ていてくれる。
「……颯真と付き合ってもいいよ」
「は?」
「俺、颯真がいい。もう色々したんだし、颯真なら…」
「………」
颯真となら付き合っても絶対楽しいだろうし、俺も颯真なら……。
そう思って言うと、颯真が眉を顰める。
「本気で言ってんのか」
「? うん」
「……はぁ」
なんで溜め息?
颯真が箸を置く。
「無理しなくていい。悪かった。俺と瑛士はなにもなかった」
「え?」
「裸だったのは、おまえが勝手に脱いだだけだ」
「でも、キスマーク…」
「つけただけで、他はなにもしてない」
「え? え?」
どういうこと?
「なんで急に…」
「瑛士は俺と関係を持ったと思ってるから、そういう流れに思考がいってんだろ。だからほんとのこと話した」
「でも……」
颯真がいいと思ったのは、そういうのは関係なくて。
え、これまでの颯真の言葉は全部、食ったっていうの以外も全部嘘だったの? 俺が好きとか、好きにさせるとか、覚悟しろとか…。全部全部、ほんとじゃなかったの?
「俺は瑛士が好きだけど、瑛士がそういう風に俺を選ぶとは思わなかった」
「違う…そうじゃなくて」
「無理して付き合おうと思わなくていい。そう思ってくれただけで十分だ」
なんで? なんで急にそんな言い方するの?
「…やっぱり本気じゃないってこと?」
「本気だよ。だから………いや、なんでもない」
「はっきり言って」
「また今度な。ほら、もう肉いいなら出るぞ」
颯真が立ち上がるので俺も椅子を立つけれど、足元がぐらぐらする。よくわからないけど、はっきりしてるのはひとつ。
振られた。
店を出て、通りで颯真がタクシーを拾ってくれた。ふたりで乗るのかと思ったら俺が乗っただけで運転手さんに颯真が行き先の俺の自宅住所を告げて、颯真は乗らなかった。お札を何枚か握らされ、閉まるドア。手を振る颯真。
どういうことわからなくて、遠くなる颯真をぼんやりと見る。
手の中のお札がくしゃっとなった。
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