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「あの…なんでですか?」
「なんでって?」
「なんで俺なんか…あ」
「また“なんか”って言った」
「……すみません」
だって、“なんか”だよ…。見た目がいいわけじゃないし、性格だって特に面白いとか優しいとかじゃない。目立った部分もない。特徴がないと言うか…本当に平凡。
「最初声をかけたときは、ちょっとおせっかいしすぎたかなって思ったんだ」
「……正直、面倒だなと思いました」
「だよね」
謙志さんが苦笑する。
「お隣だし、ちょっと心配だったから、近所付き合いくらいの感覚で食事に誘ったんだけど、すごく嬉しそうに食べてくれるし、若葉くんは俺のひとつひとつの話を丁寧に聞いてくれるから居心地がよくて……」
そんな大層なことした覚えはないけれど…謙志さんにとってはそうだったんだ…。
「気が付いたら、好きだな、ずっとそばにいたいなって思うようになってた」
「………」
「男同士だからそういうの気持ち悪がられるかなと思って黙ってたんだけど、ぽろっと言っちゃった。若葉くんはこういうの、嫌?」
不安そうに俺を見る謙志さんに、胸がぐっと詰まる。気持ち悪いとか嫌とか、そんなこと全然思わない。だって俺……。
「………俺、は、……恋愛の対象が、男の人、で」
「うん」
「それで、謙志さんといると、どきどきしちゃうから、今の関係を壊したくなくて……」
なにをどう話したらいいのかわからなくて途切れ途切れに紡ぐけれど、謙志さんはきちんと聞いてくれる。丁寧に話を聞いてくれるのは謙志さんのほうだ。
「だから…」
「だから食事の回数減らしたいってこと?」
「……はい」
はぁあぁああ…とすごく大きな溜め息を吐かれた。怒られるかな。
「そういうことは早く言ってよ…俺、若葉くんに振り向いてもらいたくて必死だったんだから」
「必死…だったんですか?」
そんな風に見えたことは一度もない。いつもスマートで、大人の男の人で、優しくて。
「あたりまえでしょ。好きなんだから」
頬杖をついて俺に手を伸ばす謙志さん。髪を撫でられて、心がくすぐったい。
「若葉くん、好きだよ」
「あの…俺…」
「どきどきしてね」
「……はい」
「絶対落とすから」
「!?」
いや、もう落ちてますけど!
謙志さんが俺の髪をくいくいと軽く引っ張る。
「謙志さん…?」
「食事が終わったら、寝間着持っておいで」
「え」
まさかいきなりそういう展開!?
「髪、乾かしたい」
「あ…」
そうか、そう言ってたよな。それだけだよな。
なんだ、勘違いしてしまった…恥ずかしい。…なんだってなんだ。まるで残念がっているみたいじゃないか。
「若葉くん、他のこと想像した?」
「えっ!?」
「どういう想像したか言ってごらん?」
そんなこと言えない。顔がどんどん熱くなってきて、その熱でぽーっとしてくる。俺を見ている謙志さんは、微笑んで俺の頬を撫でる。
「そんなすごいこと想像したんだ?」
「し、してません…!」
「それはおいおいね」
「おいおい…」
ってどういうこと?
「若葉くんが俺から絶対抜け出せなくなったらしてあげる」
骨まで蕩けてしまいそうな笑顔で言われて、どきどきはこれ以上ないくらいになっている。抜け出せなくなったらって……。
「……そんなの、すぐじゃないですか」
「そうなんだ?」
「あ」
つい本当のことを言ってしまった…恥ずかしい。
ふたりで食事の続きにして、片付けを手伝おうとしたら、それより寝間着持ってきてって言われて一旦自分の部屋へ。心臓バクバク。寝間着でも、謙志さんの前で着て恥ずかしくないようなものを選んでまた隣へ。
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