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おとなりさん
ピンポーン
隣の部屋のインターホンを押すとすぐにドアが開き、相変わらずかっこいい男の人が顔を出して微笑む。
「いらっしゃい、若葉くん」
「いつもすみません。これ、差し入れです」
「わざわざいいのに」
ビールの入ったコンビニの袋を渡すと、謙志さんは申し訳なさそうな顔をする。どんな表情でもかっこいい。モテるだろうなぁ、と見入ってしまうと、謙志さんが嬉しそうに笑む。
「そんなに見られると照れるね」
「あ、すみません…」
恥ずかしそうにはしないんだよな。俺がするひとつひとつに嬉しそうな顔をする人。
恋人ではない。ただ、お隣さんというだけ。
「入って」
「はい。お邪魔します」
ビーフシチューのにおいがして、俺の腹がぐうと鳴る。こんな、俺にとって恥ずかしいことでも、謙志さんは嬉しそうだ。お腹鳴っちゃったね、って。
「すぐよそうから待ってて」
キッチンで皿にビーフシチューをよそって、ロールパンと一緒に運んでくれる。
「いただきます」
「いただきます」
ふたりで食事を始める。これが日課。
お隣さんと一緒の食事は楽しくて、おいしくて、俺は助かっている。
なぜこうなったかと言うと。
俺はもともとカップ麺やゼリー飲料などで生活していたのだけれど、プラスチック系ゴミを出すときに、そのときはまだあまりよく知らなかった謙志さんとばったり会い、それ身体に悪いよ、と声をかけられたから。
最初は、わざわざそういう風に言われるのは面倒と思ったんだけど、話したら隣の部屋の人だとわかり、嫌な顔はできないな、くらいの考えだった。
そして、その日の夜に、よかったらご飯一緒に食べない?と誘われた。
謙志さんは料理が好きだけど、作りすぎて三日間カレーだったり、二日間同じ煮物だったりするとのことで、食べてくれると助かる、と言われて隣に初めてお邪魔した。
同じ間取りなのに、住む人が違うと全然雰囲気が違う。
俺がほとんど使わないキッチンは、調味料やスパイスなどがたくさん並んでいるし。色々話をしながら食事をするのは久しぶりで、とても楽しい。学校でもほとんどひとりで食事をしているから。
「よかったらまた来て」
はい、と元気よく返事をしてしまうくらい楽しくて、それからお世話になっている。
材料費とか少しは出したほうがいいのかなと思うんだけど、現金を渡すって気を悪くするかもと思い、たまに差し入れでビールを持っていく。三回に一回くらい。それでも謙志さんは、そんなことしなくていいよ、と言ってくれる、本当に優しい人。
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