56人が本棚に入れています
本棚に追加
「若葉くん?」
「へっ!?」
突然手を握られて変な声が出てしまった。なに!?
「ごめんね。そのままじゃこぼしそうだから」
「あ…」
見るとスプーンからオムライスが落ちそうになっている。このまま落ちたらシャツが汚れてしまう。
一旦スプーンを置いて深呼吸。
考えごとを追い払う。食事中は食事に集中しないと。
「今日のご飯、おいしくない?」
謙志さんが心配そうに聞くので、首を横にぶんぶん振る。
「そんなことないです! すごくすごくおいしいです!」
ただ、俺の心が邪なだけで……。
「じゃあ、若葉くんはやっぱりなにか悩んでるんだね?」
「……はい」
「俺に共有してくれないかな?」
優しい笑顔に心臓がとくんと脈打つ。…でも。
俯くと、謙志さんの表情がわからなくなるけれど、たぶん心配されていると思う。だって俺がそれだけ悩んでいると思われているだろうから。
悩んではいる。でもそれは重要だけど重要じゃない、微妙な位置づけの悩みで。
「……できない?」
気遣うように聞かれる。
どんな表情で聞かれているかわからないけれど、きっと俺を責めるような顔はしていないだろう。
こくん、と頷く。
だって謙志さんに抱かれたいのに抱いてもらえないなんて、言えない。
「じゃあ心配だけさせて」
「え?」
思わず顔を上げる。
謙志さんはやっぱり責めるような表情はせずに微笑んでいる。
「俺が勝手に若葉くんの心配するから、心配させて」
オムライスが冷めちゃうから、と言われてまたふたりで食べ始める。
くすぐったい。
心配かけるなんて申し訳ないのに、なんだかすごくむず痒い。
「ごちそうさまでした」
「片付けはいいから、お風呂入っておいで」
「はい」
お風呂。
はっと思いつく。
一緒に入ればいいんじゃない?
いや、恥ずかしい。いやいやそれくらいしないと謙志さんにその気になってもらえない。脳内でなにかが戦っている。
最近は食事のあと、謙志さんの部屋でお風呂が用意されていてのんびり浸かってそのままお泊まりコースが多い。お泊まりって言っても本当に一緒に寝るだけだけど。それが俺をもやもやさせているんだけど!
「あの…」
片付けをする謙志さんに、どきどきしながら近付く。
「どうしたの? お風呂入っておいで?」
「……あの」
言え。言うんだ。
「若葉くん?」
どっくんどっくんと心臓の音が耳に響く。
「お、お風呂、一緒に入りませんか…っ?」
言った。
お願い。いいよ、って言って。誘いに乗って。それでそのままそういう流れになって。
「いいけど?」
謙志さんは不思議そうに俺を見ている。
「じゃ、じゃあ片付け手伝います…!」
「うん、ありがとう」
…なんかさらっとしてる。まさか意図が伝わってないってことないよな…? 恋人と一緒にお風呂で、そうならないってことはない…よな…?
最初のコメントを投稿しよう!