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「………」
「気持ちいいね」
ならなかった。
謙志さんに背中から抱き締められる格好でお風呂に浸かっているけれど、全然下心がないというか、なんにもいやらしい気持ちなしで接触してくる。俺が勝手にいやらしい気持ちになってしまうのが恥ずかしくて振り向けないでいると、謙志さんが肩にお湯をかけてくれた。
「肩、冷えてない?」
「だっ、いじょうぶです…っ」
「どうしたの?」
「……なんでもないです」
また空振りだ。
はっきり言うしかないのか。
……あれ。
『若葉くんが俺から絶対抜け出せなくなったらしてあげる』
いつかの言葉が頭に蘇る。
謙志さんをもっと好きになればしてもらえるのかな。いや、でもしないって言われたし、実際なにもしてくれないし。
どうしたらいいの!?
「若葉くんは最近、考えごとばっかりだね。ちょっと妬けちゃう」
「え?」
「なにをそんなに一生懸命考えてるの?」
背中からきゅっと抱き締められた!
濡れた肌と肌がぴたっとくっついて、やっぱり俺ばっかりいやらしい気分になってしまう。顔が熱い。離れたいのに離れたくなくて、こういうときはどうしたらいいのかわからない。
「け、謙志さん、離して…っ」
「若葉くんの秘密を教えてくれるまで離さない」
「…秘密なんてないですから…っ」
まずい…このままじゃ変なところが元気になってしまう…。
どきどきしながら距離をとろうとしたら、謙志さんが俺のうなじにキスをした。くすぐったくて心臓が跳ねる。
「じゃあそういうことにしておく。出よう」
「……はい」
謙志さんが先にお湯から上がって、俺の手を引く。身体を拭いて、リビングダイニングで謙志さんが俺の髪にドライヤーをかけてくれたから、謙志さんの髪は俺がドライヤーをかけてあげた。柔らかい髪に温風を当てていく。さらさらの髪は手触りがよくてずっと触っていたい。
ドライヤーのスイッチを切ったところで、はっとする。
作戦失敗……!!
結局お風呂でもその気になってもらえなかった…。
手ごわすぎる。いや、俺に魅力がないだけかも。
「おいで」
「はい…」
謙志さんがソファに座って両手を広げるので、その膝の上に乗る。謙志さんに横抱きにされる体勢でくっついているのがすごく幸せ。幸せ…なんだけど。物足りなく感じるのは俺が欲張りすぎなのかな。
「謙志さん…」
「どうしたの?」
「俺のこと、好きですか?」
「好きだよ」
さらっと答えてくれる。つまることもないから本心だと思いたい。
「本当に?」
「本当に」
「じゃあ……」
「じゃあ?」
手が震える。ぎゅっと謙志さんに抱きつく。
「若葉くん?」
「………抱いて、ください」
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