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言った。なんて返されるだろう。心臓の音が激しくて身体が震える。
「うーん…」
…ああ、やっぱり。困ってる。
答えなんてわかりきっていたのに、実際にそれを返されると心臓がぎゅっと痛む。謙志さんの顔が見られない。
「若葉くんを大切にしたいっていう俺の気持ち、伝わらないかな?」
「……」
「抱くのは簡単だよ。今すぐにだって抱ける」
「……」
「でもね、それは…」
「………俺が謙志さんから絶対抜け出せなくなったらしてくれるって言ったくせに」
謙志さんの膝から立ち上がる。自らの滲む視界を無視してそう言うと、謙志さんが真剣な瞳で俺を見た。
「それ以上に俺は若葉くんが大切になったんだよ」
そんなの、ただ俺を抱きたくないだけじゃないのか。大切ってなんなんだ。わからないよ…。
「……もういいです」
「若葉くん?」
「帰ります」
玄関に向かい、乱暴にドアノブを掴んだらその手に大きな手が重なった。背中から包み込むように抱き締められて、堪えていた涙がぽつりと落ちてしまった。
「泣かないで」
「……泣いてません」
「そうだね」
苦笑されてしまった。涙を見られたから仕方ない。俯いて顔を見られないようにしたら頬に唇が触れた。ちらりと謙志さんを見る。
「若葉くんが俺を求めてくれるのは嬉しいよ」
「…じゃあ、どうして抱いてくれないんですか」
拗ねた子どもみたいな言い方になってしまい、また苦笑された。
「抱かなくても俺は幸せだから。若葉くんは抱かれないと幸せじゃない?」
「……それは…」
今も幸せだけど。抱かれたらもっと幸せになれるかもしれないし…。
「ふたりでご飯食べて若葉くんの髪を乾かして一緒のベッドで寝て、朝起きたら可愛い寝顔がすぐそばにあって……。若葉くんを守りたい。いつでも俺の隣で心穏やかにいられるようにしてあげたい」
心穏やかに……。
髪を撫でてくれる手つきが優しくて、泣きたくないのに涙が零れそうになる。謙志さんの顔を見上げてその手に触れる。
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