56人が本棚に入れています
本棚に追加
「…でも、たまにはどきどきしたいです」
「そうだね…じゃあ抱く?」
「でも、謙志さんは抱きたくないんでしょ?」
触れた手をぎゅっと握ると、謙志さんも握り返してくれた。そのまま謙志さんの胸に頬を寄せる。優しいにおい。
「抱きたくないんじゃなくて、抱かなくても幸せなんだよ」
「……難しくてわからないです」
むうっとする俺の頬をふにっと軽くつまんで微笑む謙志さん。その優しい笑顔だけで全部許せちゃう…。
「おいで。甘いミルクティー淹れてあげる」
「……はい」
結局こうやって俺は謙志さんに負けてしまうんだ。手を引かれてソファに戻る。キッチンでミルクティーを淹れてくれている姿を見つめながら小さく溜め息を吐く。嫌な溜め息じゃなくて、幸せな溜め息。こんなに愛されているのに、俺はなにをしていたんだろう。
「火傷しないでね」
「子どもじゃないです…」
ティーカップに入ったベージュのミルクティーがローテーブルに置かれる。一口飲むと、心とお腹がじんわり温かくなった。口の中に優しい甘さが広がって、俺の甘さの好みまで知っていてくれているんだなぁって思ったら、引っ込んだ涙がまたじわじわしてきた。
「…謙志さんは、優しいのか優しくないのかわからないです」
「俺は優しくないけど、若葉くんには優しくありたいと思ってる」
目の下を指でなぞられて、やっぱり涙は隠せていないんだ、と思う。でも謙志さんがいつも以上に優しくしてくれるから泣いちゃおうかな。
「…なんですか、それ」
我慢せずに涙を零すと、やっぱり優しく涙を拭ってくれた。
「だって好きな子には優しくしたいでしょ?」
肩に手を置かれ、謙志さんのほうへ抱き寄せられる。胸に顔をうずめる格好になり、恥ずかしいけれどおとなしくそのまま身体を委ねると謙志さんはとんとんと俺の背中を軽く叩いてくれた。そのリズムが心地好くて涙を誘う。
「謙志さん…っ」
「うん」
「ごめんなさい…、俺、ばかで、自分勝手で…っ」
勝手なことばかり言って謙志さんを困らせて、それでも呆れないでいてくれて、本当に優しい謙志さん。ごめんなさい、ばかな俺でごめんなさい。
「俺は若葉くんが思ってることを言ってくれると嬉しいよ。だからもっと気持ちを教えて?」
「……努力します」
「努力なんだ?」
笑ってる…。笑顔が見たくて顔を上げると、俺の行動がわかっていたみたいで、顔を上げたと同時にキスをされた。目をぱちぱちさせていたらもう一度キスが落ちてきた。
「びっくりした顔、可愛いね」
「……」
「もう一回してもいい?」
「……俺からするから、だめです」
ちょっと身体を伸ばして、俺から謙志さんにキスをする。今度は謙志さんが目をぱちぱちさせた。
「若葉くんからキスしてくれるの、初めてだね」
「そういえば、そうですね」
「もう一回して?」
「……」
そっと唇を重ねると、ぎゅっと抱き締められる。
「ねえ…若葉くん、幸せ?」
「幸せです」
「俺も」
ふたりで笑い合った。
最初のコメントを投稿しよう!