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◇◆◇◆◇
「おはよう、若葉くん」
「おはようございます」
意識するのは簡単で、優しくされたらすぐにコロッといくのがわかっている。じゅうぶん優しくされているけれど、これ以上がないようにと願う。
「買い物?」
「はい。ゴミ袋が切れちゃったのでコンビニに。謙志さんはお仕事ですか?」
「うん。じゃあコンビニまで一緒に行こう」
スーツだから、土曜日なのに出勤なんだ…。いつもの土日はお昼ご飯に誘ってくれるから、休日出勤かな。
「若葉くん、最近もカップ麺とか食べてるの?」
「意地悪言わないでください。謙志さんのお世話になっているので全然食べてないですよ」
「意地悪のつもりはないんだけど、気になったんだ」
なぜか突然頬に触られた。なに!?と身構えると、謙志さんは、ふふ、と笑う。
「ほっぺたぷにぷに」
「……肉付きよくてすみません」
「若葉くんはもっと太ってもいいと思うよ」
そうかな? 確かに食べてもあまり身体には肉がつかないタイプかも。でも、これから先がわからないからやっぱりあまり太るのは不安。
「そういえば、謙志さんの作ってくれる食事はバランスがいいから、食べてもあまり体重に反映されないです」
「そう? じゃあこれからはこってりにしようかな。あ、でもそうしたら俺も太っちゃうか」
「謙志さん、スタイルいいですよね。運動とかされてるんですか?」
「これと言ってなにかしてるってことはないよ」
イケメンは自然と肉体もついてくる、と。ひとつ勉強になった。
コンビニが見えてくる。
「もうコンビニに着いちゃうね。若葉くんを会社まで持って行ってもいい?」
「えっ」
「バッグに入るかな…」
レザーのトートバッグを開けてスペースを作っているけれど、そんな隙間に大人の男がひとり入るわけがない。冗談にしても無理矢理すぎる。
「俺なんか連れて行ったら邪魔になりますよ」
「邪魔してくれるの? じゃあここ、入って」
ほら、としゃがんでバッグを俺の足元に差し出すけれど、入れないって。
どうしたものかと悩んでいたら、謙志さんがじっと俺を見上げる。
「この角度から見る若葉くんって新鮮」
「謙志さんのほうが背が高いですから」
「若葉くんはどんな角度から見ても魅力的だね」
「!?」
どんな角度から見ても平凡だと思いますが!?
にこにこと俺を見て笑んでいる謙志さんにそれを言うのも申し訳ない気がする。せっかくお世辞でも褒めてくれたんだから、素直にお礼を言うべきか。
悩んでいると謙志さんが俺に、ほら、ともう一度言う。
「いや、入れませんから」
「そう? 若葉くん、可愛いから入ると思うよ」
「ええ…」
本気で持って行こうとしている? いやいや冗談? …わからない。可愛いから入る、もわからない。
「あの、時間が…遅刻しませんか?」
「うーん…入らないかなぁ…」
まだ首を傾げてバッグの隙間と俺を交互に見ている。本気なのか。
「なるべく早く帰って晩御飯作るから、お腹空かせておいてね」
ようやく諦めたのか、立ち上がった謙志さんが俺の髪を撫でる。ぶわっと顔が熱くなって、見られないように慌てて俯いた。それでも血液はふつふつと沸き上がる。だめ、謙志さんはだめ。
「じゃあ、いってきます」
俺の頬をひとつ撫でて謙志さんが駅のほうに向かう。なにも言えずにただ茫然とその背中を見送った。
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