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「あの…」
「なに?」
どっくんどっくん心臓が激しく脈打つ。勇気を振り絞って口を開く。
「………いい、ですよ」
謙志さんは背後にいるから俺の顔は見えていないけれど、俯いて言う。だって恥ずかしい。
また深呼吸が聞こえる。ふー…ともう一度大きく息を吐いた謙志さん。
「だめ」
はっきりとそう言われ、ちょっと傷付く。俺ってやっぱり魅力ないかな。
「…そう、ですよね」
沈んだ声が出てしまった。
「違うよ。俺は若葉くんをすごく抱きたい」
「? じゃあなんで…」
振り返ろうとしたら、抱き締める腕に力がこもって、俺の右肩に謙志さんが顔をのせた。
「若葉くんのこと、大切にしたいから」
低い声がそう囁くので、顔が猛烈に熱くなった俺は手で自分の顔を覆う。なにそれ。
「……俺が謙志さんをもっと好きになったら、してくれるんですか?」
「しない」
「さっきは、俺が謙志さんから抜け出せなくなったらしてくれるって言ったじゃないですか…」
うなじに柔らかいものが触れて離れた。キスされた、と思ったら、ひょいと身体を持ち上げられる。謙志さんの膝の上に座らされ、謙志さんは俺を横抱きにしてぎゅっと抱き寄せた。
「そのつもりだったんだけど、若葉くんの髪を乾かしてたらそういうの吹っ飛んじゃった」
「?」
「若葉くんを大切に守りたいって気持ちのほうが大きくなった。だから我慢してでも、しない」
どうしよう…なんだかお姫様になったみたいな気分だ。大切に守りたい、なんて言われたことがないからどう返していいのかわからないけれど、心臓はどきどきして早く答えろと急かす。
「あの……」
「なに?」
「……ありがとうございます」
無難な返しをしてしまった。でも謙志さんは嬉しそうだ。すん、と俺の髪のにおいを嗅ぐと、今度は幸せそうな息を吐き、吐息が耳をくすぐる。
「俺と同じにおい」
「うわ…」
「『うわ』?」
思ったことがそのまま口に出てしまった。謙志さんは、なに?って微笑んでる。
「……恥ずかしくて嬉しいなと思って」
目を瞠った謙志さんが俺を抱き締める。そして、そのまま動かなくなってしまった。
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