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「謙志さん?」
「……可愛い…」
呟くような声に顔が熱くなる。そっと謙志さんの背に腕を回して、俺からも抱きつくと、困ったな、と言われた。なにか変なことをしただろうか。
「可愛すぎて、誰にも見えないように部屋の中にしまっておきたい」
「いやいやいや、そんな可愛いとか、ないですから」
どう見たって平凡。可愛いなんてお世辞でも謙志さん以外に言われたことがない。
「若葉くんの自己評価の低さには呆れちゃうけど、そこも可愛いから困る」
「ええ…?」
謙志さんって変わってる。
「あの、そろそろ…帰ります」
「え、帰っちゃうの?」
「え?」
「泊まっていくんじゃないの?」
「え??」
泊まっていくのがあたりまえのような顔をして謙志さんが言うので、俺は疑問符が脳内でふわふわする。
「いや…でも……そんな」
たとえ隣でも、いきなりお泊まりはハードルが高すぎる。
「困ってる?」
「困ってます」
「嫌だから?」
「…どきどきするから」
正直に答えるとぎゅっと抱き締められた。どきどきが伝わってしまいそうだ。
「じゃあ一週間後、来週の週末は泊まりにおいで」
「……はい」
「大丈夫。なにもしないから」
「……なにもしてくれないんですか?」
勇気を出して言うと、謙志さんがまた目を瞠り、それから額にキスをされた。
「なにもしない。ただご飯食べて一緒のベッドに入るだけ」
「………」
「言ったでしょ、大切にしたいって」
「……はい」
さっきはお姫様みたいだと思ったけど、よく考えるとちょっと不満かも。でも謙志さんがそう決めたなら。
「……来週、楽しみにしています」
謙志さんとずっと一緒にいられる。……あれ。俺、もう抜け出せなくなってない?
優しい腕の感覚に目を閉じて、謙志さんの体温を感じる。
そのまま寝入ってしまって、この日のうちに一緒に寝ることになるなんて思わなかった。
本当に一緒に寝ただけだけど。
END
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