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◇◆◇◆◇
次の土曜日の夕方、俺はなぜかあのイケメンさんとふたりで近所の居酒屋で飲んでいた。
ひとり飲みをしようと思って入ろうとしたら同時に店に入ろうとする人が。まさかと思って見たら、やっぱりあのイケメンさんだった。
「よければご一緒しませんか?」
そう誘われて、こんなに偶然が続くのはなにか意味があるのかもと思い、頷いた。
「広瀬です」
イケメンさんが名乗るので。
「三好です」
俺も名乗る。
「三好さんはこの近くにお住まいなんですか?」
「はい。広瀬さんも?」
「すぐ近所です」
こんな偶然もあるんだな、と広瀬さんを見る。イケメンなだけでなく、服の上からでもわかるくらい体形もかっこいい。ジムのインストラクターでこういう感じの人いそう。イメージだけど。
「俺は会社員をしていますが、広瀬さんは?」
「ジムのパーソナルトレーナーをしています」
「ああ、やっぱり」
「やっぱり?」
俺が納得すると、広瀬さんが不思議そうな顔をする。
「綺麗な体形しているなと思ったので」
「身体を動かすのが好きなんです」
微笑むとすごく優しくてどきっとしてしまう。『どきっ』…男同士だぞ、と自分につっこむ。
ビールで乾杯をして運ばれてくるおつまみを食べながら色々話す。どのくらい住んでいるのかとか、あそこのパン屋さんおいしいですよね、とか。
もう少し先に行くともう一軒パン屋さんがあると教えてくれた。そこもおいしいらしい…今度行ってみよう。
「このスニーカー、履き心地いいですよね」
広瀬さんもあのスニーカーを履いている。俺は頷く。
「そうなんです。でもまさかあの日の偶然がここまで続くなんて思いませんでした」
こんなことってあるんだ、と思いながらビールジョッキを空けると、広瀬さんもジョッキを空けた。
「こんなに偶然が続いたら、運命かもしれませんね」
「運命?」
「なにか意味があるかもってことですよ」
さっき俺が思ったのと同じだ。
広瀬さんが手を伸ばして俺の口元を指で拭う。突然の動きに固まってしまう。
「ついてました」
「あ、ありがとうございます…」
恥ずかしい。広瀬さんはおしぼりで指を拭って、それからビールを追加で注文する。
「パーソナルトレーナーってなにをされるんですか? 俺、ジム行ったことなくて」
話を変えてみる。偶然とか運命とか、そういうのは深く掘り下げないほうがよさそうな気がした。
「お客さまにトレーニングや食事のアドバイスをします。トレーニングメニューを作ったり」
「へえ…じゃあ広瀬さんご自身も食事管理はしっかりしているんですか?」
「たまには息抜きしますけどね、今日みたいに」
答える広瀬さんは、焼き鳥を食べているだけなのに芸術品のようだ。
「ジムでもモテるでしょう?」
「自慢ではないですが、よく食事には誘われますね。ちょっと困ります」
「困るんですか?」
「お客さまとそういったことはできないので断るんですが、諦めてくださらない方も結構いて、なかなか大変で…」
「なるほど。それは大変ですね…」
これだけのイケメンならそういうことはよくありそうだ。イケメンも大変なんだなぁと初めて知る。かっこよければいいことばかりかと思っていた。
「三好さんはどうなんですか?」
「俺?」
「モテるでしょう?」
即、首を横に振る。
「俺、地味ですしモテたことなんてないですよ」
好きになる人がいても片想いで終わる。だから徐々にそういうのも面倒になってきた。
そう答えると。
「もったいないですね。とても魅力的なのに」
「!?」
そんなこと、初めて言われた。思わず広瀬さんの顔を凝視してしまう。目、悪いのかな。
でも広瀬さんは嫌な顔をせず話を続ける。
「じゃあ今は付き合っている方はいないんですか?」
「はい。いません」
俺の答えに広瀬さんは優しく微笑む。どきっとするんだよな、この笑顔。
「じゃあ、偶然を運命にしてみませんか?」
「はい?」
なに? 偶然を運命に?
「俺と付き合いませんか?」
広瀬さん、もう酔っている。
「またまた」
「冗談じゃないですから、考えてみてください。あ、連絡先交換しましょう」
「え? なんでですか?」
「もっと三好さんを知りたいからです」
また微笑んで。
どうしよう。断り方がわからないからスマホを出す。
「よかった…今スマホを持っていないと断られたらどうしようかと思いました」
「あ」
そういう断り方があったんだ…。次からは参考にしよう。…次があるかどうかはわからないけど。
スマホを出して連絡先を交換。
「三好さん、修平って言うんですね。修平さんとお呼びしてもいいですか?」
「いいですけど……」
なんか一気に距離が縮まったな。
「広瀬さんは?」
「え?」
「お名前、教えていただけますか?」
「………」
連絡先にも“広瀬”としか入っていない。
聞くと、黙ってしまった。難しい顔をしている。なんかとんでもない名前なのかな。
「いや、無理にとは……」
「…………純佳です」
「…純佳さん」
「はい。女性っぽいでしょう? 見た目と合わないので少し恥ずかしくて」
ちょっと頬を染める広瀬さんが可愛い。ほっこりするな、こういうの。でも、確かにかっこいいのに女性っぽい名前って不思議。
「素敵ですよ」
「本当に?」
「はい」
ほっと息を吐く。もしかして名前、あんまり好きじゃないのかな。
「俺は広瀬さんとお呼びしたほうがよさそうですね」
「いえ、名前で呼んでください」
「でも…」
「特別な感じがして、恥ずかしいけど嬉しいので」
こういう風に言われると、やっぱり可愛いなと感じてしまう。
「じゃあ、…純佳さん」
「ありがとうございます」
ふたりで一時間半ほど飲んで店を出た。夜風は少し涼しくて、でもちょっと湿度が高いのかじめっとしている。
「それじゃ、また。気を付けて帰ってくださいね」
「はい。純佳さんも気を付けて」
「ありがとうございます」
手を振って別れる。
「また、か」
不思議な出会い。偶然ってすごいなと思いながら帰宅した。
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