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それから、また偶然会うんだろうな、なんて思いながら過ごしていたけれど、本当に不思議なことに今度は全く純佳さんと会わなくなった。出かけても買い物をしても会わない。なんかこうも会わないと意地でも会いたくなる。土曜日の夕方に居酒屋に行ってみた。先々週にふたりで飲んだ店だ。
「あ、いた」
「え?」
二週間ぶりの純佳さんがいた。俺の謎な言葉に首を傾げている。
「いえ、あれから全然会わないなと思って、ここなら会えるかと」
「ああ…だから『いた』ですか」
純佳さんが笑ってから椅子をすすめてくれるので向かいに座る。
「俺が先週の土日は仕事だったからかもしれません。シフト制で休みが不規則なんですよ」
そうか、仕事か。なら会わないわけだ。
「俺に会いたいって思ってくれましたか?」
「え」
「だって、『いた』ってことは、俺に会いたくてここに来たんじゃないですか?」
「それは……」
そのとおりだ。俺は純佳さんに会いたかった。なんで?
「………」
考えてみるけど答えがわからない。疑問符を浮かべる俺を純佳さんは優しい瞳で見ている。誇張じゃなくて、本当に優しい瞳。男同士なのにどきどきしてしまう。
「修平さん、ビールでいいですか?」
「はい」
純佳さんが店員さんに注文してくれるのをぼんやり見つめる。なんで会いたかったんだろう…。
「…たぶん」
「はい?」
「たぶん、あんなに純佳さんと偶然会ったので、会えるのが普通だと思ったんじゃないかと…」
きっとそうだ。でも。
「なんで今まで会わなかったんでしょうか?」
靴屋さんで会うまで全く会わなかったのに、突然会うようになったのも不思議だ。どういう仕組み?
「きっと引かれたんですよ」
「引かれた?」
「修平さんと俺が会う時期があったんですよ。絶対なにか意味があります」
「なるほど…」
そういうものか。純佳さんって運命とか占いとか信じるタイプかも。俺は、いいことは信じるタイプ。
「なんて。俺も修平さんに会いたくて、ここなら会えるかと待っていたんですよ」
「え? じゃあ…」
「そうです。運命じゃなくて、俺の意思で会いたいと思っていたんです」
まっすぐ見つめられて視線を逸らせない。優しいのに真剣な瞳。心臓がうるさい。わざわざ待つほど、俺に会いたかったってどういうこと? 顔も熱くなってくる。指先がちょっと震えてきて、自分の手をぎゅっと握った。
「修平さん」
「はい?」
「好きだと言ったら……付き合って欲しいと言ったら、頷いてくれますか?」
揺らがない瞳が俺だけを映している。純佳さんの視線に捕まって動けなくなってしまう。
「…俺ですか? どうして?」
「考えてみてください」
「は?」
「修平さんのどこに俺が惹かれたのか、考えて」
「……難しいことを言いますね」
この平凡な俺に惹かれるような魅力があるだろうか。…わからない。
「次までの宿題にします」
そう言って純佳さんは微笑んだ。それがあまりに綺麗で俺は見惚れてしまった。そんな俺に、純佳さんは更に笑みを深くした。
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