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◇◆◇◆◇
次っていつだろう。パソコンに向かいながら首を傾げる。純佳さんとは会うようでいて会わなかったりするから、いつだか全然わからない。それまでに答えを考えないと。
「………」
俺のどこに惹かれたのか、ってめちゃくちゃ難しい質問だ。鏡を見ても、くるりと一回まわってみても、全くわからない。見えないところかな、と思ったけれどそれほどたくさん話したわけでもないし、俺は特別優しいとかそういうこともない。俺をそんなに知らないはずなのに、好きだなんて…よくわからない。そもそも俺だって純佳さんをよく知らない。
本当に、なんで俺なんだろう…偶然会っただけなのに。
「あれ…」
偶然。
『偶然を運命にしてみませんか?』
純佳さんの言葉が蘇る。
偶然会わなければ、当然純佳さんと知り合うことはなかった。全ては偶然から。もし、偶然会ったのが俺じゃなかったら、純佳さんは他の人に同じことをして、同じことを言っていた…?
つまり、俺じゃなくてもよかった、のではないか。
急に心が冷えた。少しソワソワしていた心が固まる。純佳さんの質問の答えは見えなかったけれど、でもこれも一つの答えだ。というより真実?
純佳さんは俺がいいわけじゃない。
心臓がぎゅうっとなる。自分がショックを受けていることにもショックだ。次っていつだろう。会いたくないな…。
「あーあ…」
なんだか気付いてはいけないことに気付いてしまった感じだ。答え合わせの前に真実が見えてしまった。こんなの見たくなかったな、と思ったら溜め息が零れた。
…俺のほうが純佳さんに惹かれていたのかもしれない。
偶然の相手が違ったら、優しい瞳が映すのは俺じゃなかった。そう考えると胸が痛い。
“かもしれない”じゃない、しっかり純佳さんに惹かれている。優しい笑顔にどきどきするのも、見惚れてしまうのも、全部そのせい。
でも、叶わない…叶えたくない。だって、俺じゃなくてもよかったという可能性のある恋愛に夢中になれるほど純粋でも盲目でもない。
「忘れよう」
それがいい。
仕事に集中して、残業も引き受けた。考えたくないことがあるから。もちろん純佳さんのことだ。特にこれと言った趣味もない俺は、なにかをして気を紛らわすことができない。だから仕事をする。
午後八時に会社を出た。電車に揺られて自宅最寄り駅へ。純佳さんに会ったら嫌だな、と思いながら帰宅。会わなかったことにほっとしているのに残念に思っている。でも、こんなの今だけだと思って冷蔵庫のビールを出す。一口飲んだら悲しくなった。二口目を飲んだら寂しくなった。三口目を飲んだら腹が立ってきた。
「あーもう…」
気を抜くと嫌な言葉が出てきそうなので唇を引き結んで、テーブルに飲みかけの缶ビールを置く。スーツを脱いでシャワーを浴びた。
シャワーの後に飲みかけのビールを飲むと生温くなっていた。でも、それが今の俺にはちょうどいい。自分の中途半端な気持ちを飲み干すようにビールを呷る。
「…俺じゃなきゃだめだっていう出会いだったらよかったな…」
力を抜いたら、やっぱりおかしな言葉が飛び出してしまった。自分の言葉にはっとする。もう忘れるんじゃなかったのか。
「………」
忘れらんないよ。あんなに偶然が重なって、スニーカーだって同じデザインで同じサイズ。ちょっと優しくされただけでふわふわと引き寄せられてしまった俺は、みじめにひとりしゃがみ込む。
「………もう寝よ」
こんな気分のときはさっさと寝てしまおう。起きていても気分が晴れない。歯を磨いてベッドに入る。せめていい夢を見たい。
◇◆◇◆◇
俺は泣いている。ぼんやりと遠くになにか浮かぶのに、掴めないことが苦しくて泣いている。
胸が痛くて、遠くに見えるなにかを捕まえればそれは収まるんじゃないかと思って手を伸ばし続けた。掴んだと思うとするりと手からすり抜ける。
それを繰り返しているうちに突然手応えがあった。
捕まえた。
そう思ったら今度はそのなにかが手を伸ばして俺を捕まえようとする。
それを俺はなぜか避けた。身体が軽くて、ふわりふわり、蝶のように舞う俺をなにかわからないものが追いかけ続ける。
そのなにかが呼ぶ。
『修平さん』
「……!」
はっと目覚める。
………夢?
「……汗すごい」
寝間着のTシャツがぺったりくっつくくらいの汗をかいていて気持ち悪い。ベッドから出てシャワーを浴びる。
あの声は純佳さんだった。なんでいい夢じゃなくて純佳さんの夢を見るんだ…。
あんなのまるで、純佳さんを捕まえたいと思っているみたいだ。そして純佳さんも俺を捕まえたいと思っている……夢だから都合がいいようにできているな。
「…俺じゃなくたっていい人なのに」
呟いたらまた苦しくなった。馬鹿みたいだ。
浴室を出てベッドに戻る。ビールでも飲んですっきりしようかと思ったけれど、もう午前二時、飲むような時間じゃない。
「純佳さん……」
あなたのことでこんなに苦しいと言ったら、救ってくれますか…?
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