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「ちょっとずるいところがあるんですよ、俺」
「そうなんだ?」
「はい。恥ずかしいんですが」
あのことを話さないという安堵から、雑談もできるようになった。今埜くんは店であっという間に人気者になり、なぜだか俺は複雑。複雑になる理由がわからない。だって、別に今埜くんは俺の恋人というわけではない。だから他の従業員やお客さまに可愛がられているのを見て、もやもやするほうがおかしい。だけどもやもやするんだ。
「あ、羽田さん」
でも今埜くんは誰か――他のアルバイトの人などと話していても、俺を見つけるとすぐに笑顔になって近づいてくる。俺はそれに安心して胸が疼く。……本当に自分がわからない。
これじゃまるで、今埜くんが好きみたいじゃないか。そんなのありえない。高望みするような、自分に見合わない恋はしないんじゃなかったのか。こんな格好いい子を好きになったところで結末はわかりきっている。見た目だけじゃなく、十も年上の男に好かれたって今埜くんも嬉しくないだろう。というか迷惑でしかないに決まっている。
「羽田さん、羽田さん」
「なに?」
閉店後、更衣室で着替えていたら今埜くんが声をかけてきた。それだけで心臓が跳ねてしまうけど、なんでもない顔をする。
「これ」
「……?」
「羽田さんが好きって言ってたチョコ、新しい味が出てました」
「あ……」
渡されたのは、俺が前になにかときの会話でちょっと言っただけの、好きなチョコの季節限定バージョン。
「ありがとう。いくらだった?」
財布を出そうとすると。
「受け取ってくれたら、それだけで嬉しいので」
いいのかな。でも無理にお金を渡すのも失礼な気がする。
「うん……わかった。ありがとう。大事に食べる」
本当に嬉しい。食べるのがもったいない。でも食べて感想を言うのを口実に、今埜くんとお喋りができるから食べたほうがいいよな。ひとつずつ大切に食べよう。
「あ、おいしそう。俺にも分けて」
「料理長……」
どうしよう、分けてあげたほうがいいのかな。せっかく今埜くんからもらったチョコだけど……。
俺が悩んでいると。
「だめです。これは羽田さんのためのものですから」
今埜くんが俺を背後に隠して、首を横に振る。心臓がぎゅっとなった。
「えー、けち」
「料理長、モテるんですから、他の人からもらってください。これは俺から羽田さんへのチョコです」
「うまいなー、今埜くん」
ふたりで笑ってる。
今埜くんから俺へのチョコ……。チョコの箱をじっと見つめたら、視界が少しじわりとしたので慌てて目をきつく閉じて、すぐ開ける。
「羽田さん、料理長が狙ってるから早くしまってください」
「う、うん……」
急いでバッグにチョコをしまうと、今埜くんはほっとしたような顔をした。その表情がすごく優しくて、また心臓がぎゅっとなる。
どんどん惹かれていく。気持ちが止まらない。
酔った勢いから始まるなんて、あるんだろうか。そんな出会いもありだと思いたい。今埜くんに俺じゃだめだってわかっている。でも、それでも止められない。
……今埜くんが好き。好きになってもらいたい。こんな強い気持ち、初めてだ。
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