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店休の日の夜、今埜くんと食事に。待ち合わせから全部楽しい。前日にはメッセージアプリでやりとりして、食べるものをふたりで相談した。楽しみで眠れなくて、でもクマを作るのは嫌だから頑張って眠った。
今埜くんとふたりきりの時間。今埜くんをひとり占め。
「……」
あっという間に食事を終えてしまった。まだ帰りたくないけど、そんなのは無理だから、ふたりで並んで歩道を歩く。今埜くんの足取りがどんどんゆっくりになっていく気がするのは俺の願望。今埜くんにも、俺ともっと一緒にいたいと思ってもらいたいと願っているから。
「おいしかったですね」
「うん」
「あの……羽田さん、また」
「匠真?」
今埜くんがなにか言いかけた言葉に男の人の声が重なった。声のしたほうを見ると、背の高い、スーツ姿の美形男性が。今埜くんも格好いいけど、ちょっと雰囲気の違う格好よさ。
「……兄さん?」
「やっぱり匠真か。久しぶりだな。元気にしてたか?」
お兄さん? 今埜くん、お兄さんがいるんだ……。もしかして家族全員美形だったりするのかな、とぼんやりそんなことを考える。
「こちらは?」
「……バイト先の、副店長さん」
「羽田です」
「匠真の兄の章久と申します。いつも弟がお世話になっております」
お兄さんが俺に気づいて、今埜くんが低い声で答える。ご挨拶をして、俺は邪魔だろうから先に帰ろうかなと思案していると。
「どちらかに行かれるところですか?」
「あ、今」
「ふたりで食事に行った帰りだよ」
お兄さんに聞かれて答えようとしたら、今埜くんが不機嫌そうに先に答える。どうしたんだろう……。今埜くんの様子がおかしい。
「食事……いいな」
「え?」
「今度、わたしともいかがですか?」
「えっ」
なぜかお兄さんに食事に誘われた……。お兄さんはスマートに俺の手を取り、手の甲に顔を近づけて――。
えっ、と思って慌てて手を引こうとしたら、今埜くんがすぐに俺の手を引っ張って助けてくれて、ほっとした。なんだか少女漫画みたいだけど、そういう相手は今埜くんじゃないと嫌だ。
気まずい空気になったので、どうしようかと思ったら。
「こんなとこで遊んでていいの? 会社は? 社長がふらふらしてたらみんな困るだろ」
社長……?
「会食の帰りだよ。少し風に当たりたくてね」
「さっさと会社に戻れよ」
さっきから思っていたけれど、今埜くん、お兄さんがあまり好きじゃないのかな? お兄さんはそんな感じはしないけれど、今埜くんはずっと不機嫌な顔をしている。
「社長さんなんですね」
「小さい会社ですが」
うまく話を終わらせて今埜くんを連れて行こうかな、となんとなく思った。そのほうがいい気がしたから。
「羽田さんみたいな可愛らしいパートナーがいたらもっと頑張れそうなんですけど」
「え……?」
「兄さん……」
お兄さんの言葉に今埜くんが苛立ったような声を出す。こんな声、初めて聞いた。お兄さんはさすが、お世辞も上手だ。
「はは……見初められるなんて、素敵ですね」
当たり障りなく返すのが一番だけど、どう返していいかわからないから、とりあえず思ったままを言ってみる。でも、俺はもうシンデレラストーリーはいらない。欲しいのはただひとりだけだから。
「……好きにすれば」
「今埜くん?」
「羽田さんの馬鹿」
今埜くんは、さっとどこかに行ってしまう。なんで?
「え……待って」
慌てて追いかけようとしたら肩を掴まれた。振り返ると今埜くんのお兄さん。
「昔からああいうところがあるんです。放っておいたほうがいい」
「それなら、なおさら受け止めてあげないでどうするんですか? 俺は今埜くんのそばにいてあげたいです」
お兄さんの手を振り払って、今埜くんの後を追いかけた。
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