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すぐに追いつくと思ったけれど見つからない。今埜くんは脚が長いから、歩くのも速いんだ。電話をかけてみるけれど繋がらない。辺りを見回しながら歩く。どこに行ったんだろう。
五分ほどそうしていたら、ひと気のない公園に今埜くんの姿を見つけた。ほっとして、ゆっくり近づく。
「……見つけた」
今埜くんは大きな樹の下にしゃがみ込んで、俺の顔を見ない。
「……羽田さんなんて知らない」
「うん」
「兄さんのとこ行っちゃえば」
「うん」
「……」
俺も今埜くんの隣にしゃがむ。今埜くんは落ちている木の枝で地面に“あきひさ”、“たくま”と書いて、“あきひさ”のほうに〇、“たくま”のほうに×をつけた。
「……昔から兄さんはなんでも持っていて、俺はなにも持ってない」
「うん」
「俺が友達ひとりできると、兄さんはクラス中が友達になってる。俺がひとつできると、兄さんは全部できてる」
「うん」
比較しなくても、ひとつできていることが大切なのに。今埜くんが可哀想で可愛くて、抱き締めたかった。
「お年玉も兄さんのほうが多かったし」
「……うん」
お兄さんのほうが年上だから多いよ。言わないけど。
「俺がどんなに頑張っても兄さんには追いつけなかった。兄さんはいつも優秀で、大学生のときに起業して、小さくても会社の社長。会社も少しずつ大きくなっていってる。周りからはいつも比べられてばっかり」
「そっか……」
「昔は頭がよくて格好いい兄さんが好きだったけれど、ちょっとずつ引け目を感じるようになっていって、今ではもうコンプレックスでしかない」
「でも好きなんでしょ?」
あ、まずい言い方だったかも、と口に出してから思った。今埜くんの表情がくしゃくしゃと歪んでいく。
「大嫌いです……。俺の好きな人を奪っていくんだから、そんな奴、大嫌いだ……」
好きな人……?
「……ごめんなさい……好きなんです。羽田さんが好きなんです。初めてバーで会ったときから、ずっとずっと好きです……」
消えてしまいそうな震える告白に心臓がぎゅうっと締めつけられる。夢のような言葉。本当に? 疑いたくないのに疑ってしまう。でも、確かにこの言葉は今埜くんの口から紡がれている。
「……なんで謝るの?」
「だって俺はなにもないから。兄さんみたいになんでもある人に好かれたら嬉しいだろうけど……」
「そう?」
「はい……」
そうなんだ。
「じゃあ、俺なんて今埜くん以上になにもないから、俺に好かれたら今埜くんは迷惑だね」
「え……?」
「ごめんね、好きで」
ぽかんとしている今埜くんを置いて立ち上がる。そのまま歩き出そうとすると、手首を掴まれた。
「待ってください……本当に?」
今埜くんもゆっくり立ち上がる。
「嘘だと思うなら好きにしたら?」
少し突き放した言い方になってしまったと反省。でも今埜くんは目をきらきらさせている。
「思いたくないです。ていうか嘘でもいいです」
「人の気持ちを勝手に嘘にしないで」
「羽田さんが言ったのに……」
「わ!」
むぅ、と唇を尖らせた今埜くんがいきなり抱き締めてきて、その勢いにびっくりする。
「……なにもなくてもいいじゃない。そんな今埜くんが好き。社長に見初められるなんて、そんなの俺には似合わないよ」
「羽田さんには敵わないです……馬鹿って言ってごめんなさい」
腕の力が緩んで、身体が少し離れる。今埜くんを見上げれば、真剣な瞳で俺を見ている。頬が熱い。心臓の音がうるさい。綺麗な顔がどんどん近づいてきて、唇が重なった。
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