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言われるままに先輩の部屋について来てしまった……。部屋に着くと先輩はすぐにスマホを充電した。その横でどきどきしながら部屋の中を見回すと、おしゃれなものがたくさん置いてある。お店に並んでいるのしか見たことがない、細長い瓶に水のような透明な液体が入っていて、その中に白とブルーグリーンの花が入っている綺麗な置物をまじまじと見る。おしゃれな人はおしゃれなものを飾るんだな、と感心してしまう。
「なにか飲む? ていうか腹減ってるよな。簡単なものならすぐ作れるけど」
「いえ、大丈夫です!」
緊張しすぎて空腹なんてどこかに飛んで行ってしまった。
「じゃあ……」
「え?」
先輩が両手を伸ばして俺の両手を取るので、一瞬びくりとしてしまう。どくんどくんと心臓の音が耳に響いてうるさい。
「森田は素直だな」
「どういう意味ですか……?」
なにかしただろうか、と先輩を見上げると、少し笑われた。
「真っ赤」
「!!」
恥ずかしくて顔を隠したいけれど、両手は先輩に握られているので、少し俯くことで隠す。
「森田のことは本当に忘れてた」
ぽつり、と先輩が話し始めた言葉に耳を傾ける。その真剣な表情から目が離せない。
「ぶつかったときも全然わからなかったし、名前を呼ばれて、なんで名前を知ってるんだろうって思った」
「はい……」
それはそうだよな。もう俺が二十五なんだから、十二年も前の後輩だ。覚えているほうが不思議だと思う。俺だって、有川先輩以外のバド部の人のことなんてほとんど覚えていない。
「でも、森田の話を聞いたらすぐに思い出した。あの子かって。印象に残るくらい真面目だったよな。思わず連絡先を聞いたのは、自分でもなんでだろうって思ったけど」
「だから『あの森田』なんですね」
「そう。『あの森田』」
ふたりで少し笑って、先輩が真剣な表情に戻る。
「森田とアプリでやりとりするのが楽しくて、森田のメッセージが毎日の活力になってた」
「そんな……」
「食事も楽しくて、また会いたい、もっと会いたい……森田がおいしそうに食べるところをもっと見たいと思った」
そんな風に思ってくれていたんだ、と胸が温かくなる。先輩が俺の両手を少し持ち上げて、握る手にぎゅっと力をこめる。
「俺のほうが好き」
なにを言われたのかわからなくて、先輩の顔を見つめる。今、好きって言った?
「森田、俺と付き合ってください」
先輩が言っている言葉の意味が全然わからなくて、頭の中が疑問符でいっぱいになっていく。それからその疑問符がひとつひとつ弾けて消えて行って、「好き」が頭の中に残った。
「えっ」
「今日、それを伝えたかったのにこんなことになってごめん」
「えっ!?」
わけがわからないけれど、先輩の言った言葉は確かに「好き」だ。固まったまま動けなくなってしまう。
「森田?」
先輩に声をかけられ、びくりとしてしまう。
「嫌ならそう言っていいよ」
その言葉に反して俺の両手を握る先輩の手の力は強くなり、俺はどきどきがすごいことになっている。
「でも、さっき告白してくれた気持ちが本当なら、頷いてくれないか?」
真剣な瞳に捕まって、信じられない気持ちでその瞳を見つめ返す。
先輩は初恋の人で、片想いの人で、好きな人。その人が俺を好きだと言っている……?
なにをどう答えたらいいかわからず、口を開いて、また閉じる。先輩をまっすぐ見つめて、時が止まったような感覚に陥る。
「……森田を焦らせるつもりはないけど、早くしてくれないとどきどきしすぎて俺の心臓が止まる。ちょっと待ってでもいいから、なにか答えて欲しいな」
困ったように笑う先輩に心臓がぎゅうっとなって、俺は慌ててしまう。
「先輩は恋愛慣れしてそうなのに……」
思ったことをそのまま言ってしまって、すぐに「すみません」と謝る。今のは自分で言って自分で傷ついた。俯くと、頬に手を添えられて上を向かされる。
「そうだな」
少し意地悪に微笑む先輩が色っぽくてどきりとする。
「慣れてるから、こんなこともしちゃうかも」
先輩の親指が俺の唇をなぞり、端正な顔が近づいてくる。
「……嫌だったら殴ってでも拒絶して」
そう囁かれ、頬が燃えるように熱くなる。吐息が触れる距離になって柔らかな唇が重なった。心臓が一瞬止まったような気がするくらいになにも聞こえなくなった。温もりがゆっくり離れて先輩がじっと俺の顔を覗き込む。
「…………嫌じゃ、ないです」
吸い込まれそうで先輩の目が見られないけど、それだけはちゃんと答える。
「告白の返事がまだなのに」
眼前で苦笑され、恥ずかしさに逃げ出したくなる。答えなくちゃ、と口を開くと、たった今の感触がまだ唇に残っていて心がむずむずする。
「俺も先輩が好きです。よろしくお願いします」
温かい手が俺の頬をなぞり、耳を擦るようにいじられてぞくりとする。先輩の顔がまた近づいてきて、もう一回温もりが重なった。
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