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「え……」
見ると拓斗が俺を抱き寄せていて、靖司さんから無理矢理引き離されたようだ。その行動がわからなくて拓斗を見上げると、拓斗も自分のした行動がわからないという表情で、明らかに戸惑いを見せている。
「拓斗……?」
「……悪い」
突き放すように肩から手を離され、拓斗が陽太くんのもとに戻る。呆然とした様子の陽太くんの肩を抱いた拓斗がこちらに背を向け、来た道を戻って行く二人の姿を俺は見つめる。
「ごめん、ユキ……」
「……」
「やっぱり今日はまっすぐ帰るよ」
「……」
どうしよう、靖司さんの言葉が聞こえないくらい心臓が高鳴っている。もう遠くなった背中。俺の肩はまだ先程の力強さを覚えている。
「……俺こそごめん」
「ユキ?」
「本当にごめん。別れてください」
靖司さんに深く頭を下げる。
「どうして?」
「やっぱり拓斗を忘れられない」
「それでもいいよ。ユキがいればそれでいい」
両肩に手を置かれ、顔を上げると怖いくらい真剣な表情をした靖司さんが俺をまっすぐ見ている。
「俺が、それじゃだめなんだ。どうしても……俺は拓斗が――」
ぺちん、と軽く頬を叩かれ、切ない笑顔に胸が痛くなる。
「悔しいし、腹が立つけど」
「靖司さん……」
「絶対幸せにならないと、本気で殴るから」
「それは……わからない」
だって拓斗が俺を受け入れてくれるとは思えない。もしも受け入れてくれたとしたら、それは陽太くんから奪うことになるわけで、幸せになれるなんて思わないほうがいい。
「努力して。精いっぱいで幸せになろうとして」
「靖司さん……」
「そこまで好きなら、思いきり当たって砕ける勢いで行け」
一度ぎゅっと抱きしめられ、それからとん、と肩を押された。
「だめだったときには慰めてあげるから」
「……うん」
「ありがとう、ユキ」
「お礼を言うのは俺のほうだって」
「ううん。俺はユキといられて幸せだった。たとえユキにはなんでもない時間でも、俺には宝物だよ」
「そんな……」
俺も幸せだったし、靖司さんは幸せにしてくれた。それなのに俺が求めたのは、結局拓斗。宝物だなんてそんな風に思ってもらえるほど、俺はきちんと靖司さんを幸せにできなかった。
「ほら。二人が行っちゃうから、早く」
「う、うん……」
「頑張れ、ユキ。泣いて戻ってきていいからな」
靖司さんを置いて拓斗を追いかける。一度だけ振り返ったら、泣き出しそうな顔で笑みを作ってこちらに手を振っていた。
最低で最悪だ。俺は自分勝手で、人を傷つけて、それでも拓斗が欲しい。拓斗が好きになってくれた俺ではなくなってしまったから、きっとこの気持ちは受け入れてもらえない。
「幸尚、幸尚、遊ぼう」
「たっくん、ユキでいいよ」
「ううん。幸尚は幸尚だから」
幼稚園のとき、拓斗はそう言って俺をずっと幸尚と呼んだ。俺の名前の漢字を練習して書いて見せてくれたりもした。
「じゃあ、ぼくもたくとにする」
「なんで?」
「だって、たっくんかっこいいから」
「そうかな」
「うん。すごくかっこいい」
俺が「たくと」と呼ぶと拓斗は恥ずかしそうに笑って、その笑顔がきらきらしていた。
「三組にかわいい女子がいて、好きになった」
「ふうん」
「拓斗は好きな子いないの?」
「俺は幸尚が好き」
「俺?」
「うん」
そうだ……小学生の頃にはもう拓斗は俺が好きだと言ってくれていた。そのときは拓斗の「好き」の意味がわかっていなくて、首を傾げたっけ。俺が、かわいいからと女子を好きになった軽い「好き」よりも、それはずっと深い気持ちだったに違いない。
「幸尚が好きだ」
あの日の告白で俺は驚いたけれど、昔から拓斗はまっすぐだったじゃないか。ずっと俺を好きだと言ってくれていた。
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