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「かんぱーい」
「……」
おすすめの刺身御膳と生ビール。久しぶりなんでしょ、だったら一杯くらい飲もう、と陽太くんの奢りで生ビールを大ジョッキ一杯ずつ。ジョッキをぶつけてビールを一口飲んだ陽太くんがなにやら意味ありげな視線を俺に向ける。
「なに?」
「幼馴染ってことは、拓斗が忘れられなかった相手ってことだよね?」
「陽太」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
忘れられなかった……過去形なんだ。ぎゅっと胸が苦しくなり、ビールを一口飲んでごまかした。
過去形で言われたことに傷つく俺は自分勝手すぎる。俺だって拓斗からの告白は過去のことだと思って拓斗に会おうと思ったくせに。
「拓斗のこと、いいなって思って告白したら『忘れられない相手がいるから無理だ』って振られたんだ」
「……」
振ったのに、どうして今は付き合っているんだろう。拓斗をちらりと見ると目が合って、すっと逸らされた。
「でもしつこく告白し続けたら、ある日頷いてくれた。だから『俺が忘れさせてあげる』って言ったの」
「そ、そう……」
それで本当に忘れられてしまったわけだ。でも悪いのは拓斗でも陽太くんでもなく、俺。あの日に拓斗を振らなければ、今隣にいたのは俺だったかもしれない。
「……」
だめだ、早く食べてさっさと帰ろう……それでもう忘れよう。振ったくせに好きでいて欲しいなんてそんなずるい考え、ありえない。拓斗と陽太くんを見る。
「マグロおいしいから、拓斗に一切れあげる」
「俺も自分のがある」
「おいしいものはたくさん食べて欲しいから」
「それじゃ陽太が食べる分がなくなる」
……拓斗はこんな感じだっただろうか。周りにはあまり馴染まないというか、俺とばかりいた気がするのに、いつの間にか拓斗の世界ができている。離れた時間の長さに唇を噛むと、俺は自分の刺身皿を向かいに座る二人の前に置く。
「俺、あんまり食欲ないから拓斗と陽太くんで食べて」
ご飯に茶わん蒸し、味噌汁と香の物でも充分すぎるくらいに胃が詰まったような感覚になっている。
「体調悪いのか?」
「そうじゃないよ。ただあんまりお腹空いてなくて……」
「じゃあ無理に誘っちゃって悪かったね。ごめんね、ユキくん」
「ううん……」
ビールを飲み干し、ご飯を一口食べる。思った以上に食べられないかもしれない。咀嚼することが苦しい。
「ほんと、食べてもらえると俺も助かるから」
笑って見せるけれど、うまく笑えているだろうか。
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