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「ユキくん、こっちこっち」
「……」
陽太くんに呼ばれて、会いたくないのに二人とまた会うことになってしまった。「拓斗もおいでって言ってるよ」と言われてしまえば行きたくなくても心は疼く。こんなに拓斗が好きだったのか、と本当に今更な自分にまたため息をつく。
少し賑やかな街のチェーン居酒屋に着くと、半個室になった席に拓斗と陽太くんがいた。
「ごめんね、急に呼んじゃって」
「大丈夫。バイトもなかったし」
「陽太がどうしても幸尚を呼びたいって言うから」
陽太くんが呼びたいと言わなければ、拓斗は俺を呼ぶつもりはなかった、ということか。まあ当然だ。そして俺はこの二人の前でどんな「幸尚」を演じればいいんだろう。拓斗が忘れられなかった相手? ただの幼馴染?
「ねえユキくん、拓斗って小さい頃どんな感じだった?」
「陽太、そんな昔のこと聞かなくていい」
「聞きたくて呼んだのに……」
拓斗が陽太くんの頭をぽんぽんとする。自然にいちゃついているし、仲いいんだな。
「たいした話はできないけど、俺が知ってることなら……」
「たいした過去がなくて悪かったな」
「いいじゃん、平和で」
むっとした拓斗の頬を陽太くんがつつく。一つ一つが心臓を抉り、どうしたらいいかわからなくなる。
「拓斗は幼稚園の頃からトマトが嫌いで、俺が食べてやってた」
「今は食べられる」
「ユキくんが話してるんだから、拓斗は邪魔しないの」
恋人には恰好いいところを見せたいのか、即否定した拓斗は少し眉を顰めている。ずるい俺は自分だけが知っている拓斗を残しながら、当たり障りのないことだけ話す。
「拓斗はいつからユキくんが好きだったの?」
「陽太」
「だって聞きたいよ。拓斗がずっと忘れられないくらい好きだったんだから」
好き「だった」、過去形。顔が引き攣ってしまったけれど、向かい合う二人はお互いしか見ていないから気づかれなかっただろう。
「拓斗は幼稚園の頃にはもう俺にべったりだった」
「幸尚」
「いいじゃん、陽太くんになら」
「……」
また眉を顰めた拓斗がビールを一口飲む。昔から変わらない。俺が拓斗以外の誰かを褒めたり、拓斗以外と仲良くするとこういう表情をしていた。不機嫌、と顔に書いてある。そんな拓斗の様子に気づいたのか、陽太くんが拓斗の手を握ると、その不機嫌顔がほどけた。今はそうなんだな、とはっきりわかって苦しいけれど、笑顔を貼りつける。
「気がつくといつも拓斗が隣にいて、俺の記憶にはいつでもどこでも拓斗がいる。好きだって言われたとき、俺は……拓斗を幼馴染としか見てなくて、だから……」
「ユキくん?」
「っ……」
視界が涙でゆらゆらしてきて、慌てて立ち上がる。
「ごめん、電話かも。二人で飲んでて」
スマホを持ってテーブルから急いで離れる。店の外に出て壁に背をあててずるずるとしゃがみ込むと同時に涙が一粒零れた。
「……っ」
なんであのとき、俺は拓斗を幼馴染だと思ったんだろう。なんで頷かなかったんだろう。
二粒めの涙を手の甲で乱暴に拭って空を見上げる。雲にぽっかり穴が開いて、そこから月が覗いている。こんな涙、月にも見られたくなくてぎゅっと目を瞑る。
「ユキくん……?」
「!」
呼ばれてはっと目を開けると、陽太くんが立っている。まずい、こんなところを見られて、気持ちがばれてしまったらどうしよう。
「大丈夫?」
「うん。ちょっと……友達からの電話でもらい泣きしちゃって」
「泣いてたの?」
「……」
失敗した……涙には気づかれていなかったんだ。陽太くんが俺の隣にしゃがみ、目線を合わせて息をつく。
「ねえ、もしかしてユキくんって……」
「え?」
「拓斗が好きなの?」
「……幼馴染だから」
そういう意味じゃないんだけどな、と苦笑されてしまって俺は口を噤む。なにを言ってもまた墓穴を掘る気がして、ここは黙っているほうがいいと思った。
「あのさ、よかったら俺の友達紹介しようか?」
「……」
首を横に振る。紹介してもらったとしても、それは拓斗じゃないから俺には無意味だ。
「無理にとは言わないし、紹介するとしても変な人は絶対紹介しないから安心して? 馬鹿がつくくらい、いい人紹介するから」
「……陽太くんがいい人だから、周りにもいい人がいるんだね」
思ったままを言うと陽太くんは一瞬目を瞠り、それから微笑んだ。
「ありがと」
「……」
もう一度首を横に振る。お世辞で言ったのではないと伝わっているといいけれど。
「でもね、俺はいい人じゃないんだ。拓斗を取られたくないから、ユキくんには他に恋人を作って欲しい」
「……そっか」
そうやってきちんと話してくれることが嬉しくて複雑だった。憎んでしまうくらい、奪ってしまいたいと思えるくらい、陽太くんが嫌な人だったらよかったのにとも考えてしまう。
「月、綺麗だね」
「……」
今度は首を縦に振る。なにか言葉を返したくても、喉に詰まって出てこない。あれこれ考えて、でもどうしても一つお願いしたいことがあって口を開く。
「陽太くん、拓斗を絶対幸せにしてあげて。俺の大切な……幼馴染、だから」
幼馴染と自分で認めるのが苦しくて言葉が詰まってしまったけれど、なんとか言えた。陽太くんはそのことに深く触れずに頷く。その優しさも痛い。
「うん。精いっぱい頑張る」
二人でしゃがんだまま月を眺めた。
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