自分勝手な恋

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靖司(やすし)です」 「俺の知り合いの中でもめちゃくちゃいい人だから、安心して」 「うん……」 二週間悩んだ後、陽太くんの友達を紹介してもらうことにした。女性かと思ったら男性で少し驚いたけれど、拓斗を忘れられるならどちらでもいい。 拓斗と陽太くん、靖司さん、俺の四人で、前に三人で飲んだチェーン居酒屋の個室で乾杯する。拓斗は俺と目が合うと眉を顰めて視線を自分の手元に落とした。それがなんの感情を意味するのか、付き合いの長い俺にもわからなかった。 靖司さんは拓斗と俺と同じ大学三年、二十一歳とのことで、話しやすくはあった。陽太くんの幼馴染ということにも驚いたけれど、拓斗も一緒に食事に行ったり飲んだりすることがあるらしい。靖司さんは拓斗に負けず劣らず美形で笑顔が眩しい。恰好いい二人とかわいい一人、平凡な俺っていうのもなんだか切ない。 「陽太から色々話聞いてるよ。拓斗くんの幼馴染なんだって?」 「うん。幼稚園から高校まで一緒だったよ」 「そっか、俺と陽太は小学校から今も一緒だよ。学部は違うけどね。で、ユキくんは腹が立つのにいい人だから好きって陽太が言ってたけど、どういうこと?」 「それは……なんだろう?」 ごまかしながら、やっぱり腹は立つんだ、と苦笑してしまう。陽太くんを見ると、悪戯がばれたような顔で笑っている。 「ユキくんは初対面の俺にもお刺身くれたから、すごくいい人」 「陽太はいつもそれだな。餌づけされるとすぐ『いい人』で『好き』。昔からずっとそう」 「そんなことないよ。拓斗には餌づけされてないけど好きだし。ね、拓斗?」 陽太くんと靖司さんが話しているのをビールを飲みながら聞く。食べ物に弱いのか、とぼんやり考えて話を振られた拓斗を見ると、拓斗は真剣な表情で靖司さんをじっと見ている。 「拓斗? どうしたの?」 「えっ、あ……いや」 陽太くんに肩を揺らされてはっとしたような拓斗の様子に俺は小さく首を傾げる。拓斗は考えごとに集中すると周りの声が一切耳に入らなくなることがあるけど、なにか考え込んでいたんだろうか。 「まさかユキくんに未練?」 陽太くんがふざけた調子で言うと同時にガタンとビールジョッキが倒れる。 「え……」 拓斗が持っていたビールジョッキを倒したんだ、と後からわかる。床にビールが流れていき、陽太くんの表情が固まっている。 「悪い…。店の人に拭くもの借りてくる」 陽太くんの髪をくしゃくしゃと撫でて席を立つ拓斗。個室を出るその背中を、陽太くんがじっと見ている。 「ユキくん、おしぼり借りていい?」 「あ、うん」 「陽太のも貸して」 靖司さんがおしぼりを集めてテーブルから伝い落ちるビールを手際よく拭き取っていく。 「陽太、服にかかってない?」 「……うん」 「ユキくんは? そっちまで飛んでない?」 「大丈夫」 靖司さんに答えながら、陽太くんはまだじっと個室の扉を見ている。おしぼりだけでその場を綺麗に片づけたところに拓斗が店員と戻ってきた。 「おかえり。とりあえず、簡単に拭いておいたよ。すみません、おしぼりで床を拭いてしまいました」 「ありがとうございます。大丈夫ですよ、今片づけますね」 店員がまとめてあるおしぼりをさっと片づけて床を綺麗にしてくれる。新しいドリンクの注文をして、また四人で椅子に座る。 「靖司さん、手際よかったね」 「うん。俺、居酒屋でバイトしてるから」 「そうだ。ユキくん、靖司がバイトしてるとこ今度見に行ってみたら?」 「え……」 「よかったら来てよ。サービスドリンクつけるから」 「ね、拓斗、今度俺達も行ってみようよ。サービスドリンクつくって」 俺と靖司さんと陽太くんの会話を無表情で聞いている拓斗の様子がなんだか変で、声をかけようとしたら先に陽太くんが拓斗に話を振った。ここは俺が話しかける場面じゃなかった、と反省しながら様子を見る。 「拓斗くんと陽太が来てもつけないよ。ユキくんだけ特別」 「えーずるい……」 靖司さんと陽太くんがなにか話しているけれど、俺は拓斗から目が離せなかった。一生懸命口角を上げて笑顔を作っている。どうしてそんなにつらそうにしているんだろう。 「ユキくん、店に来るのが嫌だったらまた四人で飲もうよ」 「なんで? 二人で、の間違いじゃないの?」 「いきなり二人きりなんて、ユキくんが緊張するだろうし、そもそも俺はユキくんにどう思われてるかわからないんだから」 陽太くんが「二人で」を強調する。もしかしたら四人ではあまり集まりたくないのかもしれない。理由はわかる……俺、だろう。 「優しくて穏やかないい人だと思ってるよ」 靖司さんの目を見て言うと、視界の端にいる陽太くんはほっとしたような表情を一瞬見せた。 「じゃあ、次は二人でもいいの?」 「……っ」 手が重ねられ、そう聞かれたら心臓がバクバク言い始めた。これは緊張。拓斗が怖い目をして俺を見ているから。 「……うん」 拓斗は陽太くんが幸せにしてくれると約束したから、俺は別の道を探そう。そうしたら拓斗を忘れられるに違いない。
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