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それから靖司さんが探してくれた安くておいしいと評判の和食屋に行ったり、買い物に行ったりと二人の時間を作った。心のすみにはいつも拓斗がいて、そこから動こうとしないから、俺は自分の心を見ないようにして靖司さんに視線を向ける。
一度四人で集まって飲んだけれど、拓斗は以前のおかしい様子が嘘のように自然に笑っていた。陽太くんが甘えれば受け止めて、拓斗の住む部屋に陽太くんと二人で帰って行くのを見送ったときには胸をかきむしる思いだった。離れていく背中に思わず声をかけそうになって、でもその言葉を呑み込んだ。
少し時が経ち、俺は靖司さんといることに慣れてきた。
「ユキ、もうこんな時間だから帰ろうか」
「うん」
靖司さんは俺を「ユキ」と呼ぶようになった。拓斗が「幸尚」だから、同じようには呼びたくないと言っていた。幸尚、と呼ばれるたびに俺が靖司さんに拓斗を重ねるだろうから、我儘だけど同じ呼び方はしない、とはっきり言われた。靖司さんは自分自身を見て欲しいと思っている。そのまっすぐさが眩しくて、嬉しかった。
駅まで靖司さんと一緒に行って、違うホームなので別れると急に空気が冷たく感じる。
「……」
拓斗の部屋に帰って行ったいつかの二人の背中が頭に浮かんでしまう。忘れるんだ……、そう自分に言い聞かせても、心はなかなか言うとおりにしてくれない。人を想うって難しい。思考と心がばらばらに感じるときがある。忘れようと思えば忘れられず、惹かれてはいけないと思えば惹かれてしまう。
俯きかけたとき、ぽん、と肩を叩かれた。
「ユキ」
「靖司さん……?」
振り返るとそこには先程別れた靖司さんが立っている。違うホームなのにどうしたんだろう、とその顔を見上げると、驚くほど真剣な瞳に捕まった。
「……?」
「ユキ、付き合ってください」
「え……」
「ユキが好きだよ。だから付き合って欲しい」
「……」
時が止まったように二人で見つめ合う。ホームはひと気も少なく、俺達の様子を窺うような人もいない。
「あの……」
「大丈夫。ユキが俺を見てくれるまで待つから。それじゃ」
戻って行く靖司さんの背中に一瞬拓斗が重なって小さく首を横に振り、まっすぐに俺に告白してくれた人を追いかけた。
「靖司さん……っ」
振り返った姿にまた拓斗が重なって、ぎゅっと目を瞑ってそれを見ないようにする。目を瞑っていたので、靖司さんの背中に体当たりしてしまった。
「わっ」
「ユキ、大丈夫?」
「ごめん……」
おずおずと手を伸ばし、靖司さんに抱きつくとその身体が少し強張った。
「……ユキ?」
「…………よろしく、お願いします」
頬が熱くて、先程までの冷えていた空気が感じられない。指先が震えているのは寒いからではなくて、緊張をごまかすようにぎゅっと靖司さんのコートを掴む。
「こちらこそ、よろしく」
震える指先をきゅっと握られ、顔を上げると優しい笑顔に出会った。
俺の恋人は、この人。
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