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自分勝手な恋
幼稚園から高校までずっと一緒だった幼馴染と大学では離れて、お互い一人暮らしを始めたのもあり、ずっと会っていなかった。大学でできた友達の住んでいる部屋が幼馴染――拓斗の大学にも近くて、なんとなく、軽い気持ちで寄ってみた。
大学に着く前に、こちらに向かって歩いてくる男性二人組に気がつく。拓斗だ、変わってない……いや、高校のときよりしっかりした顔つきになったかな。友達と帰るところか、と思って声をかけようとしたら、拓斗が隣の男性の頭をぽんぽんと撫でた。微笑む笑顔が優しい。あれ、となって足が止まる。
「……幸尚?」
拓斗が俺に気づき、隣の男性もこちらを見ている。男性は俺より背が低いくらいのかわいい雰囲気で年下のように見えるけれど、どういう関係だろう。
「拓斗、その人は……?」
「恋人」
「初めまして、陽太です。拓斗、こちらは?」
「俺の幼馴染」
恋人? どういうこと? この人――陽太くんと付き合ってるってこと? 拓斗が?
混乱する俺を見てなにか感じ取ったのか、陽太くんは拓斗に一歩近づく。その距離に入れることに無性に腹が立ち、嫉妬した。自分勝手な俺は、拓斗が今でも俺を好きでいてくれていると思っていた。
「幸尚が好きだ」
高校の卒業式の後、大学は違うところだな、と話していたら突然拓斗から告白された。
「恋愛感情での好きだから。付き合って欲しい」
「え……?」
真剣な表情をした拓斗が俺に向かい合う。なにを言われたのか理解できなくて、今の言葉を頭の中で繰り返す。
「拓斗が、俺を……?」
「そうだ」
「なんで俺?」
今までずっと普通に接していただけだし、俺になにか秀でた部分があるわけでもない。平凡な男のどこを見て好きになるんだろう。
「幸尚の昔から変わらないところ……人を思いやれる優しさを尊敬しているし、なににでも一生懸命なところは本当にすごいと思う。そういうところに惹かれた」
「それって特別なことじゃなくない? ていうか俺、そんなことできてないよ」
「そういう控えめなところとか、特別じゃないと思うこと自体がすごいんだ」
よくわからないけれど、俺を認めてくれているということか。それはすごく嬉しい。
「ずっと好きだった。でも」
「……?」
「……幸尚の俺に対する気持ちは、『幼馴染』以上ではないんだよな」
確かにそうだった。俺は拓斗が好きだけど、幼馴染としてしか見たことがないから恋愛感情で好きかどうか聞かれたら迷ってしまう。俺の拓斗への「好き」は恋愛感情なのか。
どう答えたらいいんだろう、と考える俺に、拓斗は優しく微笑む。いつも女子に騒がれていた笑顔だ。
「困らせるつもりはない。無理に付き合おうとしなくていい」
「……ごめん」
「まっすぐな幸尚が好きだから、それでいいんだ」
「…………ごめん」
俺は拓斗を振った。
なぜかそれからずっと拓斗のことが頭から離れず、もやもやとしたまま一人暮らしを始め、違う大学の拓斗とは会うことがなくなった。会おうと思えば会えたし、メッセージを送ろうとすればできたのに、気まずくてできなかった。
あれから時間が経っているし、俺も過去のことだと割り切って、でも少しどきどきしながら、久々に会いたいと思った。三年も時間が空いているんだから、恋人ができていてもおかしくない。でも――。
あの日の言葉が脳裏に蘇る。
――幸尚が好きだ。
拓斗の気持ちは変わらないと思っていたのに、拓斗の隣にいるのは陽太くん。馬鹿な俺は今更自覚する。
拓斗が好き……。
好きだ。陽太くんに取られたようなのが悔しくてそう思うのではなくて、ずっと俺がわからなくて迷った拓斗への感情は、恋愛感情での「好き」なんだと今になってわかった。自覚したと同時に失恋……、心が固まる。
「急にどうした? 近くに用事でもあったか?」
「まあ……そんなとこ」
そんなとこ。他にどう言えばいいんだ。
「幸尚くん……ユキくんって呼んでもいい?」
「あ、うん……」
「よかったらユキくんも一緒にご飯食べに行かない? これから拓斗と近くで夕飯食べに行こうと思ってたんだ」
正直行きたくないけれど断ったら変に思われるだろうか。拓斗を見ると、拓斗は陽太くんを見ている。
「陽太がいいなら、幸尚も一緒に行こう」
その表情でわかってしまった。今、拓斗の心にいるのは陽太くんだ。優しくて穏やかな微笑みは陽太くんに向けられていて、もうそれの向かう先は俺ではない。
「いや……俺」
「すぐ近くの居酒屋なんだけど、御膳が安くておいしいんだよ」
「あ……」
陽太くんが俺の手を引っ張るので、ついて行くことになってしまった。
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