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二重唱
橙に光る街灯が並ぶ静かな通りをレシャとウィタは何も話さず、時折顔を見合わせ歩き続ける。街には壁を無くした建物で溢れ、二人が姉妹の様に幼い頃から過ごしてきたあの街並みとはかけ離れていた。
一年ほど前レシャとウィタが食糧を探しに行った時、二人の帰りを憂惧し待つ家族がいたその場所は空襲を受け瓦礫となった。空襲警報が鳴り響く中家族の元へ戻ったが、手にある小さなライ麦パンの喜びも忘れ二人は泣き崩れた。レシャは建物の一部だったものを手当たり次第泣き叫びながらどかした。
「お母さん! パブロ! ダニ! ジャナ! ローザ!」
ウィタはそんな彼女を止めようとしたが、耳を貸さず手から血を流しながら狂ったように瓦礫をどかし続けた。その度レシャの目には脳みその見えた頭や血塗れの肉片が次々と飛び込んだ。ウィタは涙を流しながら近くのコンクリートの破片に座り彼女を待った。疲れ切ったレシャが倒れ込むようにウィタの横に腰掛けた。ウィタは自分の服を破ってレシャの血塗れの手に巻き、静かに抱きしめた。数時間前まで7人いたはずの彼らは2人になった。
ウィタは屋根のある場所を指差しレシャを座らせた。彼女はウィタの肩にもたれ目を瞑った。ここ数日で一番静かな夜だった。夜中、二人が眠っているところに空気が揺れるような空襲警報が鳴った。ウィタは体を強ばらせたが、レシャは立ち上がり橙色を浴びながら警報に解け込むように歌い始めた。リヴィウ大学の声楽科に入ってから半年足らずで戦争が始まり、鼻歌さえも無かった彼女が腹に空気を入れ声帯を震わせ全てを奪い取る合図と音を作り続けた。そしてウィタの手を取り頬を撫でた。黯然たる麗しい旋律で彼女を包み込んだ。
鉄の塊が空から二人の元へ向かっていた。
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