本当に必要なもの

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本当に必要なもの

「いいな、買おう」  スマホの画面をスワイプしていくと、次々現れる投稿に興奮してくる。どうやっても、この物欲というか、流行りのものを追いかけたい欲が尽きない。  平凡な自分をごまかしたくて流行りを追いかける。ときどき、自分ってなんだろう、と思うけれど、それでも時間があればSNSをチェックしてしまう。インフルエンサーが紹介して、みんなが使っているものは俺も買う。給料はそういったものにばかり使うばかりで、その結果かわいい彼女ができたとか、なにかが身についたということもない。でも楽しいし好きだからそれでいいという考えもある。悪いことをしているわけではないんだから、これが俺だ、と胸を張っていよう。  今日買ったジャケットは失敗だったかもしれない。もともと好きなタイプのデザインではなかったけれど、人気ドラマで着用、売れてます、とPOPがついていて、つい買ってしまった。俺も見ているドラマだけど、誰が着ているかはわからなかった。でも、このジャケットを着ているのは間違いなく美形俳優。なんだか自分の平凡さを際立たせるような気がして、買ってきたまま袋から出していない。  部屋を見回すと、そんな風に袋から出していないものがあちこちに置かれている。先週本屋で見つけた『話題の一冊!』とPOPがついていた小説は一度も開いていない。買うと力が抜けるというか、満足してしまう。欲しいと思ったときには頭の中がそれ一色になるのに、手に入れるとすうっと熱が引いてしまうことがよくある。  だけど流れに乗っていたい。そうしたら平凡な自分じゃなくなる気がするから。  そうやって生きる自分が一番好き。  俺が平凡な自分を厭うようになったきっかけは、高校生の頃に好きだった女子と目が合ったとき。 「やだ。あいつ、こっち見てる?」  隣にいた男子にそう言ったその女子は、ひどく嫌そうに俺を見た。すぐに目を逸らしたけれど、なぜか翌日から、からかわれる対象となってしまった。俺がこんなに平凡な見た目じゃなければそんなことにはならなかったはずだ。  ある日ふと見たSNS。投稿される画像に写る人達はきらきらしていて、それはどうしてだろうと考えた結果、流行りを追っているからだ、と思い至った。  それなら俺だって流行りを追っていれば平凡な自分から抜け出せるかもしれない。必死になって人気のものを求め、みんなが使っているものに影響された。ときには好みではないものもあるけれど、それでも俺はそれを追いかけた。インフルエンサーの投稿をチェックし、人気の動画をチェックし、みんなが見ているものを俺も見て、みんながいいと言うものは俺も「いい」と言う。  それはとても自分をわからなくもさせたけれど構わない。平凡な自我さえ、崩したかった。 「小越(こごし)さん、このデータですがグラフ範囲が間違っていませんか?」 「え?」 「ここ、十月なのに三十日までしかグラフに入っていません。九月のページをコピーしたときの日付のままじゃないですか?」 「あ……」  パソコンモニターに表示されたグラフは、確かに十月なのに三十日までしか入っていない。 「すみません。すぐ直します」 「お願いします」  指摘してくれた男性社員の視線が冷たい。慌ててデータを開き、グラフ範囲の訂正をする。ついため息が零れそうになって呑み込んだ。どこまで行っても秀でたものがなく、むしろマイナスなくらいの自分にうんざりする。特に仕事中は周りの能力の高さが見えてしまうので落ち込む一方。  インフルエンサーが紹介していたマグボトルでコーヒーを一口飲む。ぬるい。保温と保冷がしっかりしていて、見た目もスタイリッシュだとおすすめしていたし、このマグボトルを使っている人の投稿にもとてもいいと書いてあった。でも俺が買ったものは保温も保冷もまったく効果のないハズレ品。そんなところまでマイナスでどうする。 『朝入れたコーヒーが退社時まで熱いまま!』  そんな投稿がたくさんあったけれど、どこがだ、と言いたくなる。パソコン前に置いてあるリストレストも、デスクに無造作に置いてある付箋もペンも、買いに行った店には置いていなくて、数店舗回ってようやく購入できた人気のもの。流行り、人気、バズり……ハートマークが何千、何万とついていると、俺にはそれがまぶしく見える。そして俺も手にしようと躍起になって追いかける。  流行っていて人気でバズったものに囲まれていれば、俺は平凡じゃないんだ。
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