本当に必要なもの

2/10
前へ
/10ページ
次へ
 休日、いつものように買い物に出かける。今日は買いたいものがあるわけではなく、ただの気分転換。仕事で溜まったストレスの発散でもある。……ストレスが溜まっているのは、俺の周りの人達かもしれないけれど。  それに部屋にいるより外のほうが刺激があるから、なるべく外出したい。新しいものに触れたり、人がどんな恰好をしていてどんなものを持っているかを見たり、そういうこともとても楽しい。  前に買った、ドラマで着用していたというジャケットを着てみたけれど自分に似合っていないのがわかる。どう見ても服に着られている。そうすると周りの目も気になってくるので、別に恥ずかしいわけじゃない、と自分に言い聞かせ、さりげない風を装ってジャケット脱ぐと寒い。でも少しだけ周りの視線の痛さが鎮まった気がする。冷たい風に一つ身震いして、仕方ない、と近くのカフェに入った。  人目を気にしすぎるのはよくないところだと自分でわかっているけれど、もともと自分に自信がないので気にせずにいられない。コーヒーを飲みながら、脱いだジャケットを眺める。  これが似合うのは、俺みたいな平凡顔ではなく美形男性。俺と違って背が高くて脚が長くて、女性の理想を絵に描いたような人が似合うんだろう。  一つため息をつくと同時に、隣の席に座ろうとしている男性を見て固まる。俳優かモデルか。間違いなく一般人じゃない、まばゆいほどの美形男性が椅子に座った。ダークブラウンの髪は特にセットなどされていないように見えるのにそれだけで一つのスタイルになっている。明るい茶の瞳はどこを見るでもないところが物憂げな雰囲気を醸し出している。すっと通った鼻筋も薄い唇も、すべてのパーツが整っていて、この人は同じ人間だろうかと思ってしまう。たぶん俺よりも年上で、大人の男という感じがする。俺は名前を知らないけれど、とりあえずサインをもらっておこうかと考えながら男性をまじまじと見つめる。  トレーナーにスウェット、スニーカー、グレーのコートを手に持っていて、特に着飾っていないのにものすごく目を引く。なんとなく先程脱いだジャケットを見る。こういう人に似合うんだろうな、ともう一度隣の男性を見ると目が合った。 「なに?」  なに、ってなんだろう、と首を傾げる。 「さっきからすごく見られてるから」  恥ずかしくて頬が熱くなった。確かにじろじろ見ていた。 「あの、かっこいいなと思って……」 「ふうん」 「その服装で、人目気になりません?」  近所への外出でも、俺はトレーナーにスウェットでは出かけられない。人の目が気になって仕方ない俺には無理すぎる。ゴミ出しが限界だ。 「人にどう見られようが構わないから」 「……」  その強さに愕然とする。こんな人が存在するのか、と一種の感動も覚えた。本当に恰好いい人は着ているものなんかどうでもいいんだとわかり、ショックも受けてしまう。平凡な自分を隠したくて色々追いかけていたけれど、その行動自体が平凡だったのではないか。  コーヒーを飲み終えて、脱いだままのジャケットを男性に差し出す。 「なに?」 「あげます」 「は?」  ジャケットを男性に無理矢理押しつけて店を出る。無性に悔しくて駅に向かって急ぎ足で歩く。ジャケットがないから寒いし、それ以上に心が冷えている。見たくない現実を見てしまった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加