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翌週の土曜日、新堂さんとまた会うことになった。いつジャケットを渡したらいいかとメッセージを送ったら日時と場所を指定されたからだ。
待ち合わせの時間には既に新堂さんの姿があり、とりあえずなにか飲みたいと言うのでカフェに入った。
「これ、ジャケットです」
「ああ……」
今度はすんなり受け取ってくれた新堂さんは、紙袋の中をちらりと見てからすぐに隣の椅子に置く。
「前に聞いたことの答えを教えてください」
「前? なに?」
「新堂さんがいつからそういう考え方になったか、です」
俺の言葉に、ああ、と面倒くさそうにコーヒーを一口飲む姿も恰好いい。本当になにをしても芸術品のような人だ。
「聞いてどうすんの?」
「え?」
「聞いてそうなりたいなら話すけど、ただの興味本位なら話すの面倒」
確かにそれもそうか、と思う。でも気になる。
「むしろ俺からしたら、小越が流行りを追いかける理由のほうが聞きたい」
「聞いて楽しい話じゃないですよ」
「じゃあ聞かない」
「……」
そう言われると聞いて欲しくなる。
「やっぱり聞いてください。楽しく話します」
「よし、許す」
なんだそれ、と思いながらも、新堂さんらしくておかしくなってしまう。
「実はですね」
「待った」
「え?」
なに、やっぱり聞きたくない? 俺の表情を読んだんだろう、新堂さんは首を横に振る。
「話してもいいけど、敬語やめろ。なんか疲れる」
「でも仕事中は敬語でしょう?」
「だから疲れるんだよ。それに今は仕事中じゃねえ」
「なるほど」
確かにそのとおりだ。こほんと一つ咳払いをする。
「じゃあ話すけど」
「ああ」
高校生の頃のこと、それからの自分について話していくと、新堂さんの表情がどんどん呆れ顔になっていく。流行りを追いかけて、バズったものに影響されて、それでなにを得たのかと聞かれたら確かになにもない、と話しながら思ってしまう。話し終えると、新堂さんは完全に呆れ顔。
「そんなの気にしてどうすんだ」
「だって気になる」
コーヒーを一口飲んだ新堂さんが小さく息をつく。
「過去を引きずっていつまでもぐじぐじしてても意味ないと思うけど」
「……どうやったらそんなに強くなれる?」
「は?」
「俺も新堂さんみたいになりたい」
新堂さんの目をまっすぐ見て言うと、呆れ顔が真剣な表情に変わっていく。
「興味本位じゃなくて?」
「興味本位でもある」
「なんだそれ」
即答すると新堂さんが笑い出し、その笑顔がとても優しくてどきりとする。
「そんな複雑なことはない。単に疲れただけ」
「疲れた?」
「そう」
新堂さんの話によると、過去に付き合った女性が流行りものが大好きで、新堂さんにもそういったものを身に着けるようにとか、二つあってどちらか選ぶなら流行っているほう、みんなが持っているほう、というタイプだったらしい。それがたとえ実用性がなくても流行りのものを選ぶ、という人で、そのときは好きだったからただ頷いていたけれど、徐々に、相手が自分じゃなくて「流行りものを身に着けている自分」が好きなんじゃないかと思い始めた。だから思い切ってわざと流行りものを一切除去した恰好をしたらものすごく冷めた目で見られ、怒り出した。同時に新堂さんの気持ちも冷めた。それ以来、人にどう見られるかとか流行りものとか、そういったことを一切考えないようになった、ということだ。
「すごいなあ」
「すごくない」
「その彼女がすごい」
俺の言葉に新堂さんが眉を顰める。
「おまえ、俺みたいになりたいんじゃなかったのか」
「それはそれ」
「おい」
その笑顔はやっぱり優しくて、これは周りが放っておかないだろう。
「ていうか、まさかまたこんなジャケット着せられるとは思わなかった」
渡したジャケットの入った紙袋をつつき、また思い出したように笑う新堂さん。そんなにおかしかったかな。
「絶対似合う」
間違いない、と言う俺に、新堂さんはまた眉を顰める。
「せめて服くらいは流行りとか人気じゃなくて、自分に似合うものを買え」
「うーん」
「『うーん』じゃねえ」
でも俺が選ぶと必ずそういった傾向になってしまう。もう一度、うーんと唸って新堂さんを見る。
「じゃあ新堂さんが見立てて」
本気で嫌そうな顔をされた。
「嫌」
表情のとおりの答えが返ってきて、立ち上がる新堂さんを追いかける。
「どこに行くの?」
「帰る」
「だめ」
腕を掴み、メンズ服のショップに引きずっていく。
「流行りもの着てろ」
「新堂さん、さっきと言ってること違う」
面倒くさがる新堂さんに服を見立ててもらう。面倒、もう帰る、と繰り返しながらも真剣に選んでくれる姿に、これは絶対モテるな、と思いながら新堂さんが選んでくれた服を試着してみる。……なんだか平凡さが目立たないし、いつもつきまとっていた引け目みたいなものも感じない。
「これいい。ありがとう、またよろしく」
「絶対嫌だ」
「新堂さんの服も見る?」
恰好いいから見立てがいがありそうだ。
「俺はいい」
「じゃあ次見に行こう」
「は?」
新堂さんの手首を掴み、次の店に引っ張っていく。うしろからなにかぶつぶつ聞こえるけれど無視して色々なショップに着いて来てもらう。最初は文句を言っていた新堂さんも、途中から「あそこの店も入る」とか言うようになった。俺の選ぶ服にだめ出しされ、じゃあどれがいいかと聞くと、本当に俺によく合う服を選んでくれるし、小物一つでも真剣に悩んでくれる。時間を忘れて新堂さんと買い物を楽しんだ。
夜になり、居酒屋で新堂さんとお酒を飲みながら食事にする。
「こんなに楽しい買い物は初めてかもしれない」
色々買ったものを今すぐ広げたいくらい嬉しい、と言うと新堂さんが笑う。本当に笑顔が優しくて、またどきりとしてしまう。
「もう流行りや人気はやめたか?」
サラダを取り分けてこちらに渡してくれる新堂さんにお礼を言う。
「やめない」
「でも俺はそういうのなんも知らないから、今日選んだ服とかどうか知らねえぞ?」
「俺の中の流行りは今日買ったものだから」
ビールがおいしい。お酒ってこんなにおいしかったっけ。新堂さんが一瞬黙り、それから目を細める。
「それでいいんじゃねえの?」
「え?」
「小越には小越の流行りがあって、小越に似合うものは他の誰かに似合うものとは違う。それでいいだろ」
新堂さんがジョッキを空けて追加のビールを頼む。確かに新堂さんの言うとおりかも。俺には俺、他の人には他の人、それぞれ違って当然だ。
「ありがとう」
お礼を言うと、額を指で押された。
「次会ったときにまた似合わねえ流行りもの着てたら笑って無視する」
「……笑うなら無視してないじゃん」
「でも無視する」
なにがおかしいのか二人で笑って、楽しい時間が過ぎていく。心臓がとくんとくんと高鳴っていることに、俺は確かに気づいていた。
「お、ちゃんとした恰好してんじゃん」
あの買い物の翌週、新堂さんとまた会った。俺が服を買い足したいと言ったらこの日を指定された。俺の恰好を見た新堂さんは、ポケットに手を突っ込んだまま微笑んでくれる。
「だって似合わない服着てたら笑って無視するって言ってたよね」
「そうだな。でも正直、小越はすぐ流行りものに戻ると思った」
「うん。好きは好きだし」
並んで歩くと新堂さんがめちゃくちゃ視線を集めるので、俺は視線が気になってしまう。
「前見て歩け。誰も見てねえから」
「嘘、見てる」
「気にする必要ない」
「……」
そう言われても、と俯いたまま歩いているとなにかにぶつかった。顔を上げると、新堂さんだった。身体の向きを変えた新堂さんの胸に追突したようだ。
「前向いとけよ。小越の顔が見れねえだろ」
「……見てどうするの?」
こんな平凡顔、見たって楽しくない。
「どうもしねえけど、見てたいんだよ」
「なにそれ……」
まただ。心臓が高鳴っている。そわそわするのに心地よくて、これはなんなんだろう、と新堂さんを見つめた。
「それでいい」
満足そうに微笑み、俺の髪をぐしゃぐしゃと撫でる手が大きくて温かくて。今度は胸がぎゅうっと苦しくなった。
「……」
俺、おかしい。
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