本当に必要なもの

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 今週末、新堂さんとまた会う。これで何回目かは忘れてしまった。胸に手を当てると、どきどきしている。新堂さんと会っているときだけでなく、会う約束をするだけでどきどきが止まらない。  新堂さんはいつも俺のあげたジャケットを着てくれない。絶対似合うんだけど、気に入らなかったのだろうか。それと気になるのが、新堂さんの服装が徐々に変わっていったこと。トレーナーにスウェットだった服装が、今じゃそのままオフィスカジュアルになりそうな恰好になり、美形に更に磨きがかかった。なんでそんなにちゃんとした恰好してるの? と一度聞いたら、知らねえ、とそっぽを向かれたので二度目は聞いていない。  送られてくるメッセージも嬉しくて、仕事の終わった後はそわそわしてしまう。新堂さんはほぼ毎日のようになにかしらメッセージを送ってくれるようになった。それがとても楽しみで、ちょっとしたやりとりが嬉しい。SNSをチェックするより、新堂さんからのメッセージのほうがずっとわくわくする。  なんだか久しぶりに味わう、落ち着かない感じ。新堂さんに会いたい、新堂さんと話したい、新堂さんに笑って欲しい――そんなことばかり考えている。まるで恋をしているみたいじゃないか、と笑ってみたら、急に頬が熱くなる。新堂さんの笑顔が頭に浮かび、心臓が甘く高鳴った。  約束の日の前夜、待ち合わせ時間の変更の連絡が届いた。相談じゃなくて変更、と送ってくるところが新堂さんらしい。二時間遅い時間を指定され、了解のスタンプを送るとすぐに既読になった。  シャワーを浴び、ビールを飲んでぼんやりしていたら新堂さんから、よろしく、とキャラクターのスタンプが届き、驚きすぎてスクショしてしまった。あの人がスタンプを使ったのは初めてだ。買ったんだろうか。スマホの画面を見ながら、口元が緩んでしまう。スクショしたことを話したらどんな反応をしてくれるかな、と考えると心が弾む。  本当に、これじゃまるで新堂さんが好きみたいだ。  当日、待ち合わせ時間の三十分前に着いてしまった。そわそわしながら、まだ早いから近くを歩いていたらカフェにいる新堂さんを見つけた。もう来てたんだ、とカフェに入ろうとしたら、新堂さんの向かいに座る女性に気がついた。誰? と思いながら様子を見ると、新堂さんが楽しそうに笑っている。唇の形を読むなんてできないからなにを話しているかはわからないけれど、心から笑っていることはわかる。女性は優しそうで清楚な雰囲気。新堂さんより年上に見えるけれど、そんなことより新堂さんがあんなに楽しそうに笑っていることにショックを受ける。俺といるときよりもリラックスしているようだし、どういう関係だろう。  考えながら、俺以外と楽しそうにしている新堂さんを見ているのが苦しくて待ち合わせ場所に戻る。そしてぼんやり考える。あの女性と会うから時間変更をしたんだ。誰なんだろう……なんであんなに楽しそうなんだろう。まるで女性に嫉妬しているかのような自分に驚き、でも俺の心にあるのは間違いなく嫉妬。  約束の時間になって、新堂さんが待ち合わせ場所に現れた。女性は一緒じゃないことにほっとするけれど複雑な思いになる。理由は、新堂さんが俺があげたジャケットを着ているから。まさかあの女性と会うから着てきたんだろうか。 「どうした?」  新堂さんが心配そうに俺の顔を覗き込む。 「……なんで今日はそれ着てるの?」 「それは」 「特別な女の人に会うときに来て欲しい、なんて言ってない!」  言葉を遮ると新堂さんが驚いたように目を見開き、それから怪訝そうな表情をする。 「特別な女の人ってなんだ?」 「隠したって知ってる!」  駅に向かって歩き出し、うしろから手首を掴まれた。 「どこに行く?」 「帰る」 「は?」 「新堂さんはあの人と仲良くしてればいい。あんなに楽しそうに笑ってたんだから、俺なんかといなくたっていいよ」  こんなこと言いたくないのに、口から出てくるのはとげとげした言葉で嫌になる。ぐちゃぐちゃな心の自分も嫌だ。 「なに勘違いしてんだ」 「勘違いなんてしてないし、事実だ」  掴まれた手を振り払うと、大きなため息が聞こえた。 「……おまえ、俺の気持ちを考えないでそういうこと言うんだな」  振り返り、新堂さんが見たことのない怖い顔をしているのが目に入る。 「もういい、帰れ。俺も帰る」  その言葉に力が抜ける。傷ついたような新堂さんの表情に、今までに経験したことがないほど胸が痛くなった。
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