本当に必要なもの

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 仕事が終わってスマホをチェックするけれど、今日も新堂さんからのメッセージは来ない。とぼとぼと帰宅しながら、もうこのまま連絡は来ないのかもしれない、とポケットのスマホに触れる。自分から連絡すればいいのに、それができない。新堂さんのことを考えると胸が苦しい。  好き、なんだ。  そう自覚したら、あの日の嫉妬も、新堂さんが笑うと嬉しいと思う理由もわかる。新堂さんにただ俺だけを見て欲しかった。  ため息ばかりつきながら帰宅し、シャワーを浴び終えたところでスマホの通知音が鳴った。慌てて確認すると、新堂さんからのメッセージ。 『駅で待ってる』  コートを掴み、急いで駅に向かうとスーツ姿の新堂さんがいる。手には通勤バッグと大きめの紙袋。 「えっと……仕事帰り?」 「そう」  どう話していいかわからないから当たり障りのないことを聞いたら、もう会話が終わってしまった。どうしようと思っていたら新堂さんが俺の手を取る。 「おまえんち行く」 「え?」 「道案内」 「……」  なにがなんだかわからないけれど、言われたとおりアパートまで案内する。歩いている間、新堂さんはずっと無言で、盗み見た表情は強張っているようだった。  部屋に入り、鍵をかけた途端に抱きしめられた。なにが起きたのかわからず驚いていると、新堂さんがひとつ息を吐き出した。 「……小越には、俺はどう見えてる?」 「どうって……」 「人にどう見られようが気にしないけど、小越にどう見られてるかは気になる」  それは、まさか……。 「どういう、こと?」  どきどきするけれど信じられなくて、俺が返した答えに新堂さんは抱きしめる腕を少し緩めた。 「こういうこと」  唇が重ねられ、呆然とする俺を新堂さんが真剣な瞳で見つめる。頬が燃えるように熱くなり、その腕から逃げて部屋の奥に行くけれどすぐに捕まった。 「俺は小越にどう見える?」 「……かっこいい」 「それだけ?」  瞳に少しがっかりした色が浮かぶ。 「それだけ、って……?」 「……好き?」  問いかけに耳まで熱くなっていく。新堂さんの指が熱くなった耳を撫でるのでどきどきがまた加速する。 「好きって言えよ」  強引な言葉と一緒にもう一回キスをされ、ゆっくりと瞼を下ろす。 「……好き」  そっと目を開けて瞳をまっすぐ見つめながら答えると、新堂さんの表情が驚きに変わる。 「マジか」 「えっ」  わかっていて聞いたんじゃないの? 続けて口を開こうとしたら手で塞がれ、もごっと変な声が出た。 「取り消し拒否」 「……なにそれ」  真面目に言われて思わず笑ってしまうと、手が離れて頬にキスをされた。 「全部おまえのせいだ」  その意味がわからず首を傾げたら、頬の、唇が触れた部分を指でなぞられた。 「小越にはどう見られてるか気になるし、小越がやってるなら流行りものを一緒に追いかけてもいいかと思うし、おまえに気に入ってもらうプレゼントのために、そういうのに詳しい姉に相談までしてるし」 「お姉さん?」 「なに勘違いしてるかわからねえけど、あの日俺が姉さんと一緒にいるの見たんだろ?」 「…………お姉さん」  力が抜けて、くつくつと笑いがこみ上げてきた。 「嫉妬しちゃったじゃん」 「俺が好きだから?」  髪を撫でながら聞かれ、そう、と頷く。 「姉さんって言い方、新堂さんが言うとかわいいね」 「名前で呼ぶと殴られる」  そんなところもかわいくて、また笑いがこみ上げる。 「美形男性って流行りかな」 「勘弁してくれ。流行りが過ぎたら捨てられんのか」  真剣に不安そうな表情をする新堂さんがやっぱりかわいい。こんな顔をすることがあるんだ、と新たな発見にも心臓が鼓動を速くする。 「流行らなくても、俺の一番はずっと新堂さんだから」 「そういうところ、かわいいんだから自信持て」 「かわいい?」 「俺にとっては」 「なにそれ」  最後に付け足された言葉に唇を尖らせると、ちゅっと音を立ててキスをされた。 「変な虫がつかないように小越はこれからいつも体育ジャージでいいぞ」 「そんなの嫌!」 「じゃあ俺のものって印つけとくか」  スウェットの襟を引っ張られ、そこに新堂さんが唇を寄せる。首元に小さな痛みを感じてどきどきしながらその髪に指をさし込むと唇が離れた。じっと新堂さんの瞳を見つめたら明るい茶の瞳が細められる。 「止まらなくなるから、そういう目で見るな」  そんなことを言われたら、俺だって止まって欲しくない。 「……止まらなくていいよ」  新堂さんが目を瞠り、それからにやりと口角を上げる。 「言ったな?」 「……言っちゃった」 「『やっぱり嫌』は聞かねえからな」
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