7.ポケットの中もすべて

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7.ポケットの中もすべて

「遥は……自分の身が危険かもしれないって知ってたのに、ここに来たってことか?」  警察に引っ立てられていく堀尾を見送りながら、吉田が問いを口にした。 「井上を堀尾が暴行した証拠は見つかったけれど、殺した証拠はない。堀尾を捕まえるには現行犯で押さえるしかない。そう、考えたんだよ」 「そうまでしてなんで……」  呟いた吉田をちらりと見、俺は息を吐く。 「そういう女なんだよ。遥は。正義感が強くて……自分のことは後回しで。だから、ずっと好きだった」  本当に、好き、だった。 「あーあ」  大声でそう言ったのは神山だった。俺の手の握られたままになっていたボールペンが彼によって抜き取られる。 「野宮さ、わかってたよな。ボールペン落としたの、吉田じゃなくて俺だって」 「は?!」  吉田が再び甲高い声を出す。神山は吉田を無視し、手にしたボールペンをそうっと撫でた。 「ボールペン見つけたあのとき、お前、一瞬こっち見たんだよ。吉田じゃなく俺を」  なあ、と呼びかけてきた神山の声が掠れた。 「お前、ずっと知ってたよな? 俺が……遥じゃなくお前を見てたの」  問われ、俺は頷く。  そうだ。俺は知っていた。神山が俺を見ていたのを。遥を見つめるのとは違う、熱のこもった視線が向けられていたのを。  だから……言えなかった。大学時代、なくなったボールペンを神山が持っているのを知っても、返せ、と言い出せなかった。  神山が大事そうにボールペンを握りしめる姿を見てしまったら、なにも、言えなかった。  しかも俺は……堀尾を追い詰めるために、神山の気持ちを利用した。  こいつならなにも訊かずに口裏を合わせてくる。俺をいつも見ているこいつなら俺のために絶対そうする。そう確信していたから、カメラの話題を神山に振った、  俺は、最低だ。  ごめん、と呟きかけたときだった。 「ほんと、ポケットの中にあったとしても絶対俺のものになるってわけじゃない」  え、と顔を上げた俺の手に、ボールペンが押し付けられる。とっさに受け取ってしまった俺に言うというよりも独り言のように彼は言った。 「俺たちはポケットの中まですべて、お姫さまのものだったんだよ」  再び戻って来たボールペンを俺は握りしめる。苦い後悔が激しくこみ上げてきたのはそのときだった。 ──りゅうくん。私は堀尾を許さない。 ──もしもそのときは……りゅうくんが堀尾を追い詰めて。 ──お願い。  彼女の頼みを俺は断れなかった。でも、俺は全力で断るべきだったのだ。堀尾の悪事を暴くと聞いたとき、あるいは、お守りとして持ってて、なんて笑顔で言われて……このUSBを預かったときに、もっとちゃんと。  でも、もう遅い。  泣き崩れながら俺はボールペンを握りしめる。  刻まれた金文字が、彼女の笑顔のようにきらり、と眩く光った。
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