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言い終えた瞬間だった。コウちゃんの右手が、私の左の腿に乗った。え? と思っているうちに、するすると内腿をなぞられる。それは、産毛を逆なでするみたいな、絶妙の力加減だった。いつもならジーンズばかりはいているのに、この日に限って私は、短いスカートなんかはいていた。
コウちゃん?
どうしたのよ、と口を開く前に、コウちゃんの方が口を開いた。
「夢菜はね、まっとうな大人になれない自分に気が付いてるんだと思うよ。だから、これ、また不倫かなって思いながら、不倫に流れる。」
なんでまっとうな大人になれなかったら不倫に流れるの、と、訊こうとして口が開けなかった。口を開くと、ふしだらな声が出そうだった。二か月くらい前にコウちゃんとしたキスを思い出した。あのときもコウちゃんはキスが上手いな、と思ったけれど、腿を滑るコウちゃんの手も、この上もなくお上手だった。
コウちゃんは、ぐっと唇を噛んだ私を見て、軽く笑った。いつものコウちゃんの笑い方とは違う。キスしたときにも感じた、不穏な感じがにじみ出ていた。
「不倫なら、ちゃんとしなくていいからね。結婚とか、その先を考えなくてすむ。夢菜は、無意識にそっちに流されてるんじゃないの。」
私は唇を噛んだまま、コウちゃんの言う意味を考えた。
大学を卒業しても、就職もせずにふらふらアルバイトをして、その先を考えることもなく、ここまで流れてきた私と夢菜。
そうかもしれない、と思った。学生時代から、夢菜の方が私よりもまじめだった。ゼミでもサークルでも、なんだかんだ言いながらリーダーだったし、今のバイト先も、ころころ職場を変える私とは違って、学生時代からずっと続けていて結構信頼されているみたいだった。その分、夢菜の方が、私よりも不安やジレンマはあったのかもしれない。
そうかもしれない。
言いたくても、口が開けない。多分、コウちゃんはそれを望んで、私の脚なんか撫でている。払いのけようと思って、それができなかった。コウちゃんは、私が口をきくことなんか望んでいない。
しばらく、無言の間が続いた。コウちゃんの手は、するすると私の腿をたどり、もう少しでスカートの中に入ってきそうだった。
そのとき、たったった、と軽い駆け足の足音が背後から聞こえてきた。夢菜だ。コウちゃんは、すっと手を引っ込め、私と同時に背後を振り返った。
「ごめん、待たせて。酒、おごるからさ。」
夢菜は軽く息を弾ませて、両目を赤く泣き腫らして立っていた。
「お、らっきー。」
コウちゃんは、いつものコウちゃんに戻ってベンチから立ち上がった。私も、ちょっとふらつきながらそれに倣った。いつもの鋭い夢菜なら、コウちゃんと私の間になにかあったことに気がつかれていたと思う。でも、今の夢菜は自分のことでいっぱいいっぱいだ。私はそのことに安心して、安心した自分に、少し嫌気も差した。
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