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三回目
三回目にコウちゃんとちょっとエッチな雰囲気になったのは、コウちゃんが死ぬ一か月くらい前、夏の夜だった。
その日も失恋飲み会が開催されていたのだけれど、珍しく、俎上に上がっていたのは私の失恋だった。私はいつものように、黙って恋をはじめて、黙って恋を終わらせるつもりだったのだけれど、今回は、恋をしていることが夢菜にばれてしまっていた。
恋の相手は、バイト先の大学生だった。夏休みと同時に、私が働いていたファミリーレストランで働き始めたその大学生を、私ははじめ、男のひとだと思ってもいなかった。だって、6歳も年下だ。でも、なんとなく、笑顔がいいな、とは思っていた。お客さんに見せる笑顔ではなくて、バイト仲間に向ける自然な感じの笑顔が、いい感じだな、と。
そのひとが、はじめて帰りが一緒になったとき、同じことを言ってきたので、私はびっくりした。蘭子さんの、バイト仲間に向ける自然な感じの笑顔が、いい感じだなって思ってたんですよ、と。
キスは、三度目の帰り道でした。遠回りして私のアパートの前まで送ってくれた大学生が、妙に真剣な目をしたので、私は笑ってしまいそうになりながら目を閉じた。たかが私とのキスくらいで、そんなに神妙にならなくてもいいのに。
キスをしたとき、コウちゃんとのキスのことを思い出した。その頃には、ほとんど忘れかけていたのに。大学生とのキスは、コウちゃんとのキスに比べて、気持ちよさでは全然負けていたけれど、それが誠実さの表れのような気が、しなくもなかった。
キスが終わると、大学生は、付き合ってほしい、と言ってくれた。私は、曖昧に笑って返事を誤魔化した。年が離れているということもあったし、もっと言えば、自分がそのひとを好きなのかどうかもよく分からなかった。
家に入ってから、万年床に転がって、これまで付き合ったひとたちの事を思い出した。いろんなひとがいた。高校のときのクラスメイトや、大学のときのゼミの先輩や、バイト先の店長や、お客さん、バイト仲間もいた。そのどのひとのことも、どんなふうに好きになって、交際まで発展したのかが思い出せなかった。
私は、こんなものなのかもしれない、と思って、次のシフトが被った日の帰り道、大学生に、付き合おうか、と言った。大学生は、よっしゃ、と言って、小さくガッツポーズをした。私は、なんと言っていいのか分からなかったので、やっぱり曖昧に笑っていた。こんな私の、中途半端な笑顔を、いいな、と思ってくれたのだとしたら、ありがたいな、と思った。でも、内心ではちょっと、見る目ないんじゃないの、とも思っていた。
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