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大学生と別れたことを夢菜に知られたのは、仕事を辞めて一週間くらい経った頃だった。
「仕事、辞めたの? あの彼氏に養ってもらうの? コウちゃんみたいに。」
私の部屋で、そうめんを啜りながら、夢菜が冗談交じりにそう言ったので、私も笑って、彼氏とも別れたの、と言った。彼氏と別れたとか別れてないとか、そんな話を夢菜とするのは、これがはじめてだった。
「え、別れたの?」
「うん。仕事辞めたら自然消滅。」
「なんで、言ってくれなかったの?」
またこれも冗談で言っているのだろうと思っていたら、目の前の夢菜が真面目な顔をしていたので、私は戸惑ってしまった。
「なんでって……。」
「酒でも飲もうか。」
「別に、いいよ。」
「いや、飲もう。飲まなきゃ。」
そんなことを言われても、そもそも私はお酒をほとんど飲めない。でも、夢菜はどんどん立ちあがって部屋を出ていき、あっという間に近所のスーパーマーケットでお酒とおつまみを買い込んできた。私は、なんだか圧倒されてしまって、夢菜がプルタブを開けて差し出してくれた檸檬サワーに、黙って口をつけた。すると、いつもの謎のセンサーで、飲み会の空気を嗅ぎ取ったらしいコウちゃんが、インターフォンも鳴らさずに、夢菜が鍵をかけずにいた玄関のドアを開けて部屋へ入ってきた。
「俺のは?」
「あるよ。」
夢菜がスーパーのビニール袋からビールの缶を取り出して見せると、コウちゃんは、満足そうに一つ頷き、テーブルに着いた。
飲み会の間中、私は別になにも言わなかった。言うべき言葉なんかなかったし、今度の恋なんて、特になにも特別ではなかった。それに、夢菜だっていつも、失恋飲み会のときはほとんどなにも言わない。コウちゃんと夢菜も、私になにか言葉を求めたりはしなかった。
夢菜はお酒をどんどん飲んだ。夢菜の失恋飲み会のときを、上回るくらいのペースだった。私はびっくりしてしまったのだけれど、コウちゃんは平然としていた。平然と、夢菜に合わせてビールをどんどん飲んでいた。
なにを、そんなに飲むことがあるのか。
私が唖然としているうちに、夢菜がぼろりと涙を流した。右目から一つ、左目から一つ、さらに、両目から続けざまにぼろぼろと。
私は心底びっくりしてしまって、なにも言えなくなってしまった。それだけの迫力が、夢菜の涙にはあったのだ。
どうしよう、と思ってコウちゃんの方を見ると、コウちゃんは平然とテーブルに肘をついて、ビールを飲んでいた。ぜんぜんちっとも、驚いたりしないで。
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