コウちゃんが死んだ

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 途中で夢菜が、煙草を吸いに行った。夢菜は普段、煙草を吸わない。失恋したときだけ、煙草を吸う。やりきれない気分になるから、と、前に言っていた。  私が、ふう、と息をついて、檸檬サワーのグラスにそっと口をつけると、隣のテーブルに座っていた金髪の男の人が声をかけてきた。  「すごいね、お友達。失恋?」  いつもの私だったら、すっぱり無視をしていたと思う。男の人に声をかけられるのは、きらいだ。バカにされている感じがする。でも、その男の人の声のかけ方は、すごく自然だった。するりと、隣に座られた感じがした。だからつい私も、そうなの、すごいでしょ、と返していた。その男の人が、コウちゃんだった。後から考えれば、コウちゃんが女のひとに声をかけるのが上手いのは、当たり前のことだって分かる。だってコウちゃんは、そうやって飲み屋さんで知り合った女の人の家に住みついて、養ってもらって生活していたから。  「妻子持ちと見た。違う?」  「妻、は合ってる。子はいないよ。」  「じゃあ、半分正解だね。」  「連れの人は? あなたも振られちゃったの?」  コウちゃんの向かいには、私たちが入ってきたときには確か、きれいな女のひとがいたから、気になって訊いてみると、コウちゃんは、ううん、と無邪気な感じで首を振った。  「先に帰ってるって。」  「なんだ、奥さん?」  「違う。飼い主。」  「飼い主?」  「うん。俺、ヒモだからさ。」  コウちゃんは、にっと白い歯を見せて笑った。私がそのことにリアクションをする前に、夢菜が戻ってきた。夢菜はくしゃくしゃに泣いていた。私はあんまりびっくりしなかった。だって、いつものことだから。でも、コウちゃんは心底びっくりしたみたいで、大丈夫!? と、慌てた声を出した。  「大丈夫じゃないよー。」  夢菜は、コウちゃんの前に置いてあったビールを勝手に掴んで、ぐいぐいと飲み干した。夢菜のハイボールは、空になっていたから。そこから、コウちゃんも私たちのテーブルに移動してきて、店が閉まる12時まで私たちは飲み続けた。夢菜もコウちゃんも私もべろべろになった。特に夢菜は、真っ直ぐに歩けないくらい酔っぱらっていて、コウちゃんが肩を貸してくれた。でも、コウちゃんもちょっと足下が危うかったので、二人でふらふらした。だから、私がコウちゃんに肩を貸してあげた。そうやって、三人でふらふらしながら、私の部屋までなんとかたどり着いた。夏だったので、布団も敷かずに三人で雑魚寝をした。夢菜は寝言でも泣いていた。コウちゃんはすぐに安らかな寝息をたてはじめた。私は寝つけずに、ぼんやりと暗い天井を眺めていた。
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