あの日、君に出会わなければ

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 私は絶望の底にいた。いや、絶望という言葉では生ぬるい。生き地獄だった。 「ごめん、君の気持ちには応えられない」  珍しく雪が積もるほど降ったバレンタインデー。私はこの雪のように積もりに積もった想いを伝えたが、案の定、白く美しい応えは得られなかった。 「そう、だよね。じゃあね。今までありがとう」  胸の内では激しい感情の奔流を感じるというのに、涙は一滴も出そうな気配はなかった。  彼に別れを告げ、背を向けて歩き出す。これから先の未来に、彼とまた会う機会はない。私たちはマッチングアプリで知り合った仲であり、普段の日常では全く接点がないから。  交差点の信号待ちをしている時に、行き交う車をぼんやりと眺めていると、ふっと良くない衝動が込み上げてくる。  一体これで振られるのは何度目だろう。何回、繰り返せばいいのだろう。  私はこれからもずっと一人切りで、孤独なまま人生を終えるんだろうな。  足の下で、底のない闇が私を飲み込もうとしている。ずぶずぶと、いっそ優しいとさえ感じる深淵が、こちらへおいでよと誘ってくる。  私はそれに誘われるまま、一歩ずつ足を進めて。 「危ない!」  りん、と澄んだ声が耳に響き、右腕を強く引っ張られる。それと同時に、目の前を猛スピードで車が横切った。  我に返った私は、背筋に冷たい汗が浮かぶのを感じながら振り向こうとした。だが、背後にいる、声からして恐らく若い男性は、私が振り向くのを止めるように両頬を包んで、正面に固定させた。 「そのまま、ゆっくり呼吸をして」  声に従い、私は深く息を吸って吐き、呼吸を整えていく。 「いい子だ」  褒めるように頭を撫でられ、胸の内に仄かな温もりが生まれる。けれど、私はまた失敗を繰り返すことを恐れて、すぐに自分の気持ちを打ち消す。  さっき振られたばかりなのに。こんなんだから、私は。  負のループに入りかけたところへ、男性は私の耳元で、小さく囁く。 「雪の降る日に、また」  まるで再会を約束するような台詞に、はっと振り向いたが、既に男性の姿は人混みに紛れ、分からなくなっていた。 「雪の、降る日に」  名前も知らない男との約束。それも、次にいつ雪が降るかも分からない。  それでも、私は雪の日が好きになれそうな予感がした。  
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